呉ノ朱

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  一.  

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「この程度の問題が解けないのか?」
「だ、だって……っ」
千鶴は頭の上から降ってくる槇の厳しい声に、身を縮める。
はあ、と、大きな溜息が続いて聞こえてきた。
「元・担任としては、恥ずかしい限りだな」
「すみません」
千鶴は出来る限り身体を小さく丸めて、素直に謝った。

あの日、 化学室で槇と心を通わせてから、もう数ヶ月が経っていた。
季節は新しい春を迎え、千鶴は高校三年になった。進路を決める時期だ。
槇はもう、千鶴にとっての教師ではない。
大学の研究室に戻り、数日会えなくなってしまうことも少なくない日々。
その中での貴重なデートの時間なのに、槇はいつも勉強だけだった。キスは何度かしても、槇が自分の身体を求めてくることはない。
けれど元々進学クラスではない千鶴は、適当な女子短大か、就職することしか考えていなかった。
「諦めます。元々頭良くないんですもん……」
ぐったりと机にもたれる。槇の母校は有名な私立大学だ。今から勉強したところで、到底間に合うとも思えない。
槇が机に手をついて、千鶴を見下ろしている。
その表情が教師のものから、恋人のそれに変化した。
「いいのか?今後研究の進捗によっては、こんな風に頻繁に会ったりできなくなるが」
片眉を上げて、眼鏡の奥から自分を見下ろす。千鶴はそれを恨めしそうに見た。
「先生、やっぱり酷い」
「もう君にとっての先生ではない」
槇がスーツの上着を脱いで、ハンガーにかけながらこちらを見ずに言った。
「就職するつもりでいたのに、突然大学なんて目指せないですよう……」
槇という目的がなければ、そんな私大に入ろうなど夢にも思わない。
ふむ、と、槇が鼻を鳴らしてこちらに戻ってきた。
「永久就職という手もある」
「えいきゅう……?」
首を傾げた千鶴に、槇はほとほと呆れたというような顔をして、机の上に厚い国語辞典を置いた。
「輿入れ、永久就職。同義語だ。解らない言葉は自分で調べなさい」
はあい、と呟いて、千鶴はそれを開いた。



「……先生って、古風なんですね」
意味を調べて、ようやく槇が自分に何を言わんとしていたかを悟った千鶴は、なんとなく頬を赤らめる。
ある種のプロポーズなのだ。槇なりの。
妙に気恥ずかしくなって笑って誤魔化そうとした千鶴に、槇の顔が近づいてきた。眼鏡の奥の瞳に、もう教師の姿はない。
「責任取れと言ったのはどこの誰だ?」
唇を塞がれた。舌が絡められる。こうされる度に、いつか槇にされたように身体に触れられたいと願うのに、それが叶えられたことはない。
「せんせ、い……」
「そう呼ばれると罪悪感があるな」
離れた唇で呟いた千鶴に、槇は視線を外した。
真面目なのだ、槇は。槇は 普段から無表情だったが、怒る時はきちんと理由があって叱ったし、自分の感情や理屈を押しつけることもない。
自分にも他人にも厳しい。だから他の生徒がどんな風に槇のことを悪く言っても、千鶴は惹かれた。
「だからずっと、何もしてくれなかったんですか?」
「何か、されたかったのか?」
槇の眉根が顰められる。千鶴は黙ってしまった。
つきあい始めてから今まで、槇がキス以上のことを頑として求めてはこなかったのは、単に千鶴が生徒だからという理由だけだったんだろうか。
自分に魅力がないからなのでは、と、不安を感じると同時に、まだ処女なのに、なんだかとても自分が淫乱なような気がする。
恥じ入って俯いた千鶴に、槇が微かに笑う声が聞こえた。
「何をされたいか、言ってみなさい」
「え……っ」
この設問に答えなさいとでも言うように、槇が言った。
槇が身体を屈めて、覗き込むように自分を見ている。それだけで、こんなに身体が強ばるのだ。
「ずっと前の、続き、を……」
「何故?」
小さく呟いた千鶴に、槇は淡々と問う。学校でそうするように。
千鶴はきゅっとスカートを握った。そして顔を上げる。
「先生が、好きだからです」
顔が熱い。槇は言わせたいのだ。自分の口から、槇にどうして欲しいか。槇をどう思っているか。
それが悪戯な心なのか、それとも不安から来ているのか……千鶴には、わからなかったけれど。
槇が笑った。口端を歪めて、意地悪に。
「では問題をひとつ解くごとに、若名が望むようにしてやろう」
「そんな……」
反論した千鶴に、槇は片眉を上げて、そして机から離れて行ってしまった。
千鶴はシャープペンシルを握る。
目の前には、学校で習っているより数段高度な問題集がある。
槇とこうして勉強をするようになってから、確かに千鶴の成績はめざましく上がった。そのわけを誰に聞かれても、千鶴は答えられなかったけれど。
と、その邪魔をするように、槇は千鶴の首筋を撫でた。
「んっ……」
「しっかりと、問題を読みなさい」
びくりと身体を震わせる。が、背後に立った槇は冷たい声でそう言うだけで、千鶴の髪を弄ぶ。
「先生、意地悪……です」
「そういう言葉は言われ慣れているな」
槇の手が、制服のリボンを解き、そしてボタンを外した。
すっと襟元から手が入る。
「あ、ん……っ」
乳首に軽く指先が達した。千鶴はもう、勉強どころではない。
「手が止まっている」
喘いだ千鶴をよそに、唇が首筋にあてられた。
ぼうっとして、とても問題を解くどころではない。シャープペンシルを離した。すると、槇もまた身体をすっと引く。
「解けないなら、俺の好きなようにさせてもらおう、か」
「きゃっ」
千鶴の身体が抱き上げられた。軽々と抱かれて、そのまま寝室へと運ばれていく。
そこは、 初めて入る部屋だった。
黒いシーツの上に、身体が降ろされる。
「優しくはできないかもしれない」
千鶴の上に槇の身体が乗った。槇の瞳に熱が籠もる。
性的な色を映したそこに、もう教師の姿はない。
千鶴は思わずぶるりと震えた。心臓が震えている。
「先生、シャワー……浴びさせ……んっ」
千鶴から言葉を奪うように、槇の唇が降ってくる。甘い舌に舐られる度にじんわりと腿の付け根が熱くなる。
「問題が解けなかったのだから、若名のお願い事は聞けないな」
槇がくすりと笑った。この笑顔だ、と、千鶴は思う。
決して他の誰にも見せない、この笑顔が堪らなく愛おしい。
槇の大きな手が、千鶴のワンピースのボタンをひとつひとつ、焦らすように外した。そうして露わになった白い胸元に唇が触れる。
「んっ……あ……」
唇が熱い。槇が触れていくひとつひとつの場所が、点々と熱を残していく。
指がブラジャーのワイヤーを割って、滑り込んできた。
背中に手がまわされて抱きしめられるようにしてホックが外される。
「せ、んせい……」
もっと。もっと早く、もっと乱暴に抱いて欲しい。いつかのように。
熱に潤んだ瞳で槇を見つめると、槇がまた、くっと微笑んだ。
「こんな顔を見られるのは、俺だけだ」
そう呟いて、槇が千鶴の胸を噛みつくようにして含んだ。
「あ!あっ……あぁっ」
懐かしい感覚だった。乳首の先から火傷しそうな程の槇の熱が、快感となって千鶴の身体を走る。
「せんせ、は、やく……!」
早く、とせがむのは醜かっただろうか。けれど千鶴にはもう我慢などできそうにない。早く、槇に触れてほしい。早く、槇に……。
その思いは、槇とて同じことだった。
嵐のような愛撫だった。舌が激しく乳首を転がす。処女に対する接し方とはあまりにも違っただろう。けれどこの数ヶ月間、教師だという勤めの前に押し殺し続けてきた感情は、ようやく解き放たれたこの瞬間を前にして、もう止められることなどできるはずもない。
「や、あ……はっ」
スカートの上から千鶴の秘所に触れる。軽く揉むようにして。そして猛々しい激情のままに、乱暴にスカートを取り去り、膝の当たりまで下げた。
下着の色など見ていられる余裕もなく、そのままシルクの手触りを確かめることなく手を侵入させる。
柔らかい感触の若い茂みが指に触れた。
それがじゅ、と濡れて槇の指を歓迎する。
「凄い濡れ方をしている」
「い、わないで……くださ……ああっ!」
優しくなどできなかった。千鶴の足に絡めるようにして覆い被さった槇の、自分自身もまたそこに鼓動が移ったように脈打ち、急いている。
茂みの間に指を滑らせて、ぬるりとしたそこはまだ狭い。
無理に押し入れることはできない。確認するように千鶴を見下ろした槇に、千鶴は汗の浮いた赤い顔で、微笑んだ。
愛おしさに目眩がするような笑顔だった。
「――千鶴」
思わず名前を呼ぶ。名字で呼び続けてきた槇のその声は、千鶴の瞳に涙を浮かばせる程の優しさがあった。
「せ、先生……っ!」
一瞬で耳まで赤くした千鶴が恥じらって顔を手で覆おうとする。
その仕草もまた、愛おしい。
愛おしいから、槇は心が揺れた。揺れて、千鶴の身体から離れる。
突然遠くなった熱に、千鶴が赤い顔をそのままに、怪訝に歪めた。
「先生……?」
このまま抱いてしまっても良いのだろうか。
槙はずっと、その葛藤と闘い続けていた。いまだって、そうだ。
ためらう気持ちは決して消えない。
千鶴はまだ、18だ。これから先、どれほどの人間と出会い、成長していくことだろう。ここで自分が彼女を抱き、自分のものにするということは、彼女のその無限の未来への可能性をつみ取ることになりはしないか。
ましてや自分は最初、まだ生徒であった彼女にあんなことをして……。
身体を離し、そんなことを思いながら千鶴を見ていた槇の頬に、千鶴が手を伸ばす。手は首へ絡まって、まるで抱きしめられるようにして頬に小さな唇が、触れた。
「先生、好きです……。ほんとうに、好きです」
震える声だった。まるで槇がいま考えていたことを見透かしたように。
その声に、槇は一度目を瞑り、そうして身体を離す。
息が産毛を揺らすほどの距離で見つめ合って、口付けた。
貪るように、愛おしさを注ぎ込むように、唇を交わす。
「……そういえば、一度も言っていなかったのだな」
離れた唇でそう言うと、千鶴が不思議そうに自分を覗き込んでいる。
その無垢な目に、槇は狼狽する。慣れていないのだ、こういうことは。
「俺は――同じことは二度言わない。よく、聞いておきなさい」
緊張などまず経験したことがない槇にとって、こんなに鼓動が鳴るのは始めてではないかというほどの、緊張と沈黙。
自らを落ち着かせようと一度咳払いして、口を開いた。
「愛している」
震える声だった。少しトーンも外したかもしれない。
目の前にある千鶴の目が、あっけにとられたように大きく見開かれて、しばらくの後、みるみるうちに濡れた。
「――なぜ泣く」
「先生にはわかりません!」
槇の焦りは、千鶴には伝わっていなかった。
千鶴は頬を伝う涙を隠そうともせずに、懸命に首を振る。
白い小さな手のひらがその頬を拭って、うつむいたまま、桜色の唇が薄く微笑んだ。はにかむように。
「こんな、嬉しい気持ち……先生には、わかりません……っ」
そう言って、わずかにゆがめた眉の下の瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
唇は、微笑んで。
伏せ目がちにさせた睫毛を濡らして。
その表情に、槙は、初めての胸の痛みを知る。切なくて、甘い、締めつけられるような愛おしさを。
それは、いままで彼女が見せたどんな表情よりも、美しいものだった。
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