呉ノ朱

小説一覧 作品紹介 よくあるご質問 他サイトへのリンク 御感想はこちらへ 文字サイズ 大 中 小



 
  四.  

この小説に関連するシリーズ
人物紹介・作品解説へ
風紀委員会は、にわかに慌ただしくなっていた。
灰谷が見た例の三人組の情報を元に、生徒の洗い出しが行われ、それはまるで警察さながらの調査となった。
しかし灰谷はといえば、風紀委員長勅令の"百花のボディーガード"としてその調査からは外されており、どことなくつまらない心地で、昼休みの中庭に座っていた。
もちろん、隣には藤篠百花、その人の姿がある。
まだ"学食のオバチャン犯人説"を諦めきれないらしい十巴の再三の忠告により、灰谷は仕方なしに購買で購入したパンにかじりついていた。
「それにしてもどうしてああいう豪快な推理をするんだろうな、十巴先輩」
「トモエちゃんはね……」
くすりと百花は思い出し笑いのように笑って、打ち消すように首を振った。
「ううん、なーんでもなーい。今度トモエちゃんに会ったら、"好きな芸能人は誰ですか"って聞いてみたらいいと思うよ?」
笑いを噛み殺したような顔でそう言った百花は、そうしてじいっと灰谷をのぞきこむようにして、見る。
「ふふ。これでひとつ話す口実ができた、なんて、思ったー?」
「…………」
灰谷は百花の言葉に反応することをせず、五つばかり並べられた砂糖がぺったりとコーティングされたパンを、むしっと音が立つほどに囓った。
どうしてだろう。百花に十巴のことを指摘されればされるほど、苛立ちが募る。それは単に、からかわれているという理由だけではないような気がした。
「ね、トモエちゃんのどこが好きなの?」
「どこって」
母親が作ってくれたらしい彩り豊かな弁当箱をつついていた百花が、顔を上げずに灰谷に問う。
改めて言われると、灰谷は言葉に詰まった。
――十巴を知ったのは、三年生のときだったろうか。
新生徒会選挙の応援演説の壇上に立った彼女は、自分よりも高いであろう背を凛と伸ばしどこまでも雄々しく、ああ世の中にはこんなふうに自分とまるきり反対の人間もいるのだ、と、憧れのような心地で呆けていた。
風紀委員会に入ろう、と決意したのもその時だ。
しかし、その一部始終を百花に話す気にはなれず、灰谷は一度唇を噛んで、顔をしかめた。
「……理由とか、あるもんじゃないよ」
「そういうもの?」
誤魔化すように言った灰谷に、けれど百花はキョトンとした顔で、首を傾げてみせる。
その仕草がまるで子供のようで、灰谷は少し怪訝にいっそう眉根の皺を深くさせた。
「そういうものって。オマエだって誰かを好きとかあるだろ?」
「モモ?ないよ?」
百花はにっこりと微笑んで、しかしさらりと答えた。
「へ」
出てきた声は間抜けな音で、灰谷はぽかんと開いた口を閉じることを忘れた。
「……ねえ、好きって、なあに?」
百花は、ぽつりとそう言った。
いつも笑顔を絶やさない彼女からすれば珍しく、無表情に近いもので。
「どういうことを、好きってゆうの?」
「どういうことって……」
まるで幼児と対峙しているような感覚に陥って、灰谷は必死に自分の中に答えを探す。
しかしまだ16になったばかりの至極一般的な男子生徒である。パターンや経験を熟知しているわけでもなく、とりあえず彼は、漫画や小説で得た知識を引用することとした。
「た、例えば、姿を見たら目で追っちゃうとか、気になって仕方ない、とか、心臓がどきどきする、とかさ」
「ふうん」
まるで他人事のように空返事をして、理解したのか理解していないのかつかみどころのない百花に、灰谷は少し、ぞくりとさせられる。
まるで幼児だ。このアンバランスさは、なんだろう。
「本当にないのかよ、そういうの、いままで」
「うーん……。な、い」
――かわいそうだ、と、灰谷は直感的に思った。彼女が、ではない。
おそらく学園内にごまんといるであろう、本当に真摯に彼女を想う人間が、かわいそうだ。
咄嗟に、灰谷はそんなことを思い、どうしてだか胸がチクリと痛んだ。
「あ、でもね」
灰谷が表情を曇らせたことを、彼女にしては珍しく敏感に察知したらしい百花が、あわてて手を振る。
「この人はどんな××××してるのかなーとか、挿れてみたらどういう感じかなーとか」
「なっ……!」
彼女の口から飛び出したわいせつ極まりない言葉の数々に、灰谷はギョッと周囲を見渡した。
鬱蒼とした木々と茂みに囲まれた中庭の中でも、特に一目につきにくい場所を選んで(それはあくまで自分が百花とふたりきりで昼食を摂っているところを見られたくないという願いからであったが)いたことが功を奏し、誰かに聞かれた様子のなかったことに、ただ安堵した。
「そういうの考えてー、ワクワクすることは、あるの」
「もういい、わかった」
灰谷はうんざりと首を振って話をうち切った。これ以上彼女に喋らせておけば、今度はどんな言葉が飛び出すかわからない。
しかし百花は、どこか不安げな表情をさせて、灰谷を見た。
「それって、恋とは違うの?」
「…………」
灰谷は、言葉に詰まる。
ああ誰か、自分の代わりに彼女の「なんで?」に総て明確な答えを用意できる人間はいないものか、とさえ思う。
自分とて、十巴に対しての気持ちがはっきりと、恋かと問われて答えることなどできはしないのに。
「だからね。……気になるよ、灰谷くんのソコ」
いつのまにか寄り添うようにしてすぐ隣へと来ていた百花が、ふふ、と笑って指さした場所を、灰谷は慌てて両手でそれを隠した。
「こっ……の、インラン女!」
「うん、モモね、やらしいの」
なじられたにも拘わらず嬉しそうに微笑んで、そうして無理矢理に灰谷の腕をとった。
肘のあたりにあまりに柔らかい百花の胸があたって、目眩がした。
ああもう、絶対に夢に出てくる。最悪だ。
「ひ、人に見られるだろ!離せよ!」
「ふふ、やぁだ」
そう微笑んで、百花は嬉しそうに身体をすり寄せてきた。いっそう柔らかい身体が密着して、ほのかに甘い香りが髪から漂う。
くらくらとした目眩のような感覚のままに、自分が茂みの芝の上に押し倒されたことさえ、灰谷はわからなかった。
端から見れば、どれほど羨ましがられる光景か、灰谷自身にもわかっていた。……そしてまた、どんなに自分がみすぼらしく見えるかも。
「オ、オレはおまえみたいな女が大キライだ!」
叫びながら必死に百花から体を逃がそうとしても、もう馬乗りのように灰谷の体の上へと来てしまった百花の太腿が、灰谷のふくよかな腹部を締めつけて離さない。
――できるなら、この光景を誰かが見ることがないように。
そしてもうひとつ、できるなら百花が、その臀部にあたってしまっているであろう自分のそれが、すっかりと固く屹立していることに気づかないように、と、灰谷は祈った。
「知ってるわよう」
はっきりとした拒絶の言葉にも、百花は嬉しそうに微笑んで、そして覆い被さるように顔を近づけてきた。
「……っ」
二度目のキスだ、と、体を強ばらせたにもかかわらず、しかし彼女の唇が向かったのは別 の場所で――とろりと、柔らかく湿った舌が、耳を舐った。
「うあっ、あっ!」
びくっと体が震える。まるで電気が走ったようなこそばゆさと快感。
すぐ近くに、紅潮した百花の頬があるということ。
快感と、なすがままにされている情けなさに、灰谷はどうしようもなくなってしまった。 そうして女の子のような声をあげてしまった自分にも腹がたつ。
灰谷がもしも、もう少し見目麗しく女子にモテて、自分に自信を持てる類の人間だったならば、反応は違っていたかもしれない。
「や、やめ……」
もしかしたなら、と、灰谷はひとつのことに気づいた。
しかし、その気づきかけたひらめきのような考えも、百花の次の行動で、弾け飛んでしまった。
何を言っていいかわからないままの灰谷の手を、百花が掴んですっと引き寄せた。
抵抗する時間も与えないままに、馬乗りになった百花自身の、スカートの中へ。
「ね、こんなに……濡れてるよ?」
導かれるままに触れさせられたスカートの中、下着の横に指を侵入させられて、初めて触れる女の柔らかさだった。
にゅるにゅるとしたゼリーのようなぬめりが指を包み込んで……。
「うぁっ、わっ……!」
どくりと股間が鳴った。耐えろという方が酷だろう。
まるで騎乗位のような体勢で、腹部に百花の尻の重みを感じながら、百花の股間に指を押し当てられながら、灰谷は射精した。
「はっ……は……」
けれど百花は、灰谷が達してしまったことなど関係ないように、なおも自分の秘所に導き入れた灰谷の指を弄ぶようにして動かす。
まるで蛇か何かに呑み込まれているような感触だった。
暖かくて、ぬるくて、そしてじっとりと湿っている。
息があがって、言葉にならない。
「ね、モモと……したくない?」
こういう女をなんというか知っている。痴女だ。
灰谷は百花を睨みつけるように見た。興奮で充血した瞳には涙さえ浮かんで、そしてそれでも、首を横に振った。
とろんと潤んだその瞳を少し険しくさせて、百花がつまらなそうに口をとがらせたその時、昼休みの終わりを告げるチャイムが響き渡る。
「あ、チャイム」
明るい声と共にようやくとろとろとした感触が指から去り、そうして百花はスカートの裾を直した。
この数分間に起こったことは夢だったかのように颯爽と、彼女は転がった弁当箱を素早く片づけて、立ち上がる。
呆然と寝ころんだままの自分になど、最早興味をなくしたかのように。
「じゃあ、また後でね」
百花は紅潮を残した頬で一度微笑んで、踵を返した。
そしてもう振り返らず、細くすっとした足は軽やかで……学園中の男達は、きっと釘付けになるに違いない。
「……あのっ、ヘンタイ女……!」
灰谷はブレザーの裾で股間を隠すようにして、体を起こした。
自分と百花の重みにプレスされたパンは残り3つばかり、もうすっかり潰れてしまっていて、とても食べられるものではない。
次の授業には行けないだろう。……ぬるりと肌に貼り付く下着があまりにも気持ちが悪かった。
けれどそのどれよりも灰谷を薄暗い心地にさせたのは、さっきひらめきのように思ったひとつの予感。
――灰谷が百花に対して、他の男子生徒のような興味を示さなかったからこそ、百花は自分に執着するのではないか、という予感。
どうしてだかそれを思ったとき、灰谷は、喉に重石を呑み込んだような、胸が詰まる心地になったのだった。
前頁へ 次頁へ
  このページのトップへ
小説一覧へ
   
     
サイトマップ サイト概要 お問い合わせ  
Copyright(c)2004 - Kurenoaka. All Rights Reserved.