呉ノ朱

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  一.  

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こいつら、ほんとうにバカだ。
琴子は思わず口元に意地悪な嘲笑が浮かびそうになったのを、必死の思いで噛み殺す。

ほんの些細な悪戯心だった。
放課後、いつものオカルト研究部、部室。
オカルトなんて、もともとまるで興味などなかった。
心霊写真や神仏霊ホラーミステリー総ての類のものを、多くの年頃の高校生に同じく、琴子もまた疑って見ていたし、くだらないと思っている。
それでも高校で必修となっているクラブ入部で、一番楽な別名「帰宅部」として適当だったのがオカルト研究部、通称オカ研だったのだ。
部活動に熱心なこの高校では、月に一回、金曜の6限の時間を必修クラブ活動の時間として割り当てている。サボりたくとも、その単位 が不足すればもれなく留年だ。
だから今日も琴子は、仕方なくオカ研部室の薄暗いテーブルに座っていた。
「ちょっと!早乙女さん、真面目に聞いてくれない!?」
キーキーと耳につく高い声だった。視線を向けた先にいるのは、黒縁のセルフレームの眼鏡にひっつめた三つ編みの髪といった、冗談のような姿をした部長。
「……すみません。で、今日は何するんですか」
溜息混じりに琴子はそちらを向き直った。
見渡した部室内には、先述の部長、そして副部長のホラー映画マニアの男子生徒、部長の金魚のフンの1年生の女子生徒、そして琴子の4人だけだ。
「今日は、交霊術をします。山田さん、カーテンしめて」
山田と呼ばれた1年女子が立ち上がって、窓につけられた暗幕を閉じる。
元々薄暗かった部室が途端に暗闇になり、部長が灯した蝋燭だけでぼんやりと明るくなった。
琴子はその一部始終を、またか、と呆れつつも、いつもになく真面目に椅子に座り直した。
今日は、琴子だけの秘密の楽しみがあった。

「それでは始めます。いいですね、決して途中で指を離したりしないように。10円玉に乗せた指は力を入れないで、そっとよ」
神妙な面持ちを蝋燭の橙色の灯りで照らした部長が、ごくりと息を呑んで、紙の上に置かれた10円玉に指を置く。琴子や、他の部員もそれに習った。
金属の板が張られた、技術室からの払い下げのぼろぼろのテーブルの上に、和紙に墨で丁寧に書かれた「いろはにほへと……」の文字の羅列、そして鳥居のマークと「はい/いいえ」
交霊術などと大層なことを言ってみても、実際は"こっくりさん"だ。
こんなもの、小学生の時に流行って放課後に一部の女子がキャアキャアと遊んでいたが、琴子は当時からその姿を馬鹿にしていた。
それを毎月、この必修クラブの時間になると、強制的に繰り返しやられるのだからたまったものではない。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。ここは太陽系・第三惑星地球、日本のI県K町です」
4人の指を乗せた10円玉は、紙の上から微動だにしない。
何かの本で読んだのだが、こっくりさんという遊びは結局、人間の自己暗示や潜在意識のようなもので動かしているに過ぎないのだという。琴子にとっては、オカルトやホラーの類は総てそういう言葉で片づけられるように感じられた。
「こっくりさん、こっくりさん。いらっしゃいましたら"はい"のところに……」
沈黙の時間を遮るように、部長がまた同じ文句を繰り返す。
真っ暗な部屋の中で、何度か部長が言葉を繰り返した時、急に10円玉がスイ、と"はい"という部分に向かって動き出した。
「き……きた!!」
小さな悲鳴がいくつか上がる。それにしても10円玉に力をかけすぎず押さえているというのはなかなかに難しい。
「な、何聞きますか、部長」
1年女子・山田が震える声で言った。琴子が高2になり、いまの部長になったから毎月一度繰り返されてきたこの儀式で、こんな風に動きがあったのは今回が初めてだ。
「そ、そうね、ええと……、こっくりさん、こっくりさん、地球はあと何年後に滅亡しますか」
なんだその質問は、と、琴子は声に出して言ってやりたかった。
しかし、指を乗せた10円玉はすっと動き出す。
「し……ら、ん。――知らん!?」
抗議の色をした声を上げた部長に、琴子は必死に笑いを噛み殺す。
そう、いまこの10円玉を動かしているのは自分だ。
部長は一度咳払いをすると、気を取り直したように次の質問を始めた。
"明日の天気を教えてください。――晴れのち雪"
いまは10月、 雪など降ろうものなら大騒ぎだろう。
"霊は本当にいるんですね。――さあね"
適当な答え方をしていたところで、遂に部長が金切り声を上げた。
「ちょっと!!誰かふざけて動かしてるでしょ!?」
こうなることは琴子の予測の範疇だった。琴子は、さっと10円玉から指を離す。
「早乙女さん!離したら呪われるって……っ」
「部長が疑ってるのって私でしょ?だから三人で続けたらいいんじゃないですか」
平然と言い放った琴子に、部長は反論することができなかった。
しぶしぶまた紙に向き直る。
「こっくりさん、こっくりさん、ありがとうございました。どうぞお帰りください」
もう琴子は10円玉に触っていない。けれど紙の上のそれは、すっ、と動いていく。
「い、や、だ」
空気がぴんと張りつめた。部長の声が震える。
10円玉はいやだ、いやだとぐるぐると繰り返す。そのうち一年生の女子が悲鳴を上げて、指を離してしまった。男子生徒、部長も続いて離し、けれど、誰も触っていないはずの10円玉 はぐるぐると紙の上を動き続ける。
「な、なにこれ!!いやあっ!」
「早乙女さんのせいよ!勝手に指離したりするから……っ」
叫びながら立ち上がった部長と一年女子を後目に、琴子もまた立ち上がると、カーテンを開けた。夕焼けの始まった窓から光が差し込んで眩しい。
光を浴びて、机の上の10円玉は、もう動きを止めていた。
「帰った、みたいですよ?」
振り返って琴子が微笑むと、青ざめたままの部長は分厚い眼鏡の奥で涙目になっていた。
「の、呪われたのはきっとあなたよ!私たちは関係ないんだからっ!」
カタカタと震える手で、和紙をそっと取ると、ビリビリとちぎり始める。
それに一年女子もならった。男子生徒は無表情のままで、自分と関係ないと思っているのだろう。彼もまたただのホラー映画フリークで、あまりこういったことに興味はないようだった。
「――そうですね。先輩たちまで呪われるかもしれませんから、あと私が片づけときます」
机の上に紙クズになっていく和紙を叩きつけるようにして、部長と一年女子は、部室を飛び出すように出ていった。
その様子を琴子は、笑みを噛み殺しながら見やる。
男子生徒はしばらくその背中を見送っていたが、琴子を気遣ったのか、机の上の紙クズをざっとゴミ箱に入れると、無言のまま琴子に一礼して出ていこうとした。
最後に一言、
「……机の中の磁石、忘れずに片づけといた方がいいですよ」
とぼそりと言ったことで、琴子は彼の意外な観察力に驚いた。

そう、総ては琴子の些細な悪戯だった。
金属製の薄い天板の下から強力な磁石で、10円玉の裏に張りつけた磁石を動かす。 たったそれだけの悪戯で、すり替えた10円玉 を調べられでもしたら発覚してしまうことだったが、なんとなく彼女たちはそれをしない気がしていた。
そしてひとり気づいた男子部員は、きっと彼女たちにこのことを言わないだろう。それもまたひとつの確信だった。
「さてと、私も帰ろっと」
一度伸びをして机の上の10円玉と、机の中の磁石を取り出す。
あかね色に染まり始めた窓の外から、一度強い風が吹いて、カーテンをバタバタと揺らした。


いつもと変わらない帰り道なのに、なんとなく今日は、気分が良かった。あの部長たちを騙してしまったという罪悪感はない。
まるで宗教の勧誘のように、わざわざ琴子の教室まで訪れては執拗に霊の存在をアピールしてくる彼女たちには、正直辟易していたのだ。
これで琴子につきまとわなくなるかもしれないという期待があった。
さっきまでのいろいろなことを思い出して口元に笑みをのぼらせていた琴子の目の前に、さっと黒い影が差す。
夕焼けの赤が、逆光になって目の前の人物の顔がよくわからない。
「おまえ、何をやった?」
すらりと高い背と細い体躯のその人物が、突然琴子にそんな言葉を投げかけた。
「え!?」
逆光で顔が見えない。彼は色素の薄い茶色い髪をしていた。それが赤く染まる。
気味が悪い。
いつもならば無視したまま通り過ぎるところだったが、今日はなんとなく後ろ暗かったせいだろう、立ち止まってしまった。
「取り憑かれとるぞ」
「!!」
低い声だった。その声に縛られたように琴子は立ちすくんだ。
まさか、と笑い飛ばすところだ。だが目の前の青年の視線が琴子の足を止めてしまう。
「おまえ、さっき交霊術をしたじゃろ。しかも悪戯しおったな。そのせいだ」
「なんで……そんなこと……」
琴子は足を速めて通り過ぎようとした。関わり合いにならない方がいい。
だがその男は、さっと自分の行き先を遮るように前に立ちふさがった。
夕陽の中でくっきりと男の口元が笑う。 逆光に目が慣れて、ようやく男の姿形がぼんやりとわかる。
年の頃は同じくらいだろう。 服は白いシャツと黒いパンツ。除霊師というにはあまりに普通 な格好をしていた。
ふわふわとした、パーマがかった長めの薄い色の髪からしても、一見ごく普通 の男子高校生にしか見えない。
それなのに、この男は何者だろうという悪寒。さっきまでのことは、あの場にいた人間しか知らないはずだ。そして悪戯をしたことも、あの男子部員しか知らない。
「助けてやろうか」
一歩近づいた青年が、囁くように琴子に言った。
赤い空を背負って、薄赤い唇が綺麗に歪む。まるでそこに引力があるように、琴子は彼から目が離せない。
「……あんた、なんなの?」
声が微かに震えていた。寒くなどないはずなのに、震えが指先に来る。
「わしか?わしはホレ、除霊師とかいう類のやつじゃ」
琴子の質問に一度目を見開いたあと、また細めて青年が笑った。
その笑顔は屈託のないもので、ようやく琴子は彼の引力から解放されたように息を吐き出す。
除霊師。琴子が最も信用しない類の人間が、いま目の前に立っている。
口調といい内容といい、うさんくさいことこのうえない。
しかし、年の頃は自分と同じか僅かに上といったところのこの青年なのに、クラスメイトたちとは違う迫力を持っていた。
「とにかく、間に合ってますから!!」
彼自身がそんなに危険なようには見えなかったが、それでも薄気味悪さが拭えなかった。
駆け出すように青年を振りきって歩き出す。背中に彼の視線を感じながら、もう声をかけてくれるなよと必死に心の中で祈った。
足音が聞こえてこない。もうついてきてはいないのだろうか。
少しだけ、競歩のように早くなっていた歩みを緩める。けれど立ち止まってはいけないと、琴子の中の何かが警告していた。
振り向きたい衝動に駆られながら、一本道をただひたすら歩く。曲がり角が見え、ようやくわずかに安堵した時だった。
「こと」
耳元で、青年が囁く。生暖かい息が耳朶をくすぐって消えた。
全身を駆け抜けていった寒気と共に、琴子は耳を押さえ、思わず振り返ってしまった。
――-だが、振り返った視線の先に、青年の姿はもうない。
あるのは長く続く、いま歩いてきたばかりの一本道と、そして赤く大きな夕陽だけ。
隠れるところも、曲がり角すらないはずの見晴らしの良い一本道で、足音すら立てずに青年は消えていた。
「なんなの……よ……」
さっきの青年は幻だったのだろうか。
夕焼けの赤さが、今日はやけに目に染みる。
こういう時間を表現するちょうど良い言葉を確かこの間、国語の授業で習ったと思ったのに、琴子は思い出せなかった。
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