呉ノ朱

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  十四.  

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夜中に目を覚ますのは、久しぶりだった。
目を開いてみて、部屋の空気が妙にキンと冷えていることに気づく。
時計を見れば、まだ夜半といえる時間で――それなのに、窓の向こうが妙に明るい。
――窓でも閉め忘れていただろうか、と、ベッドから身体を起こし、ベランダへと向かおうとしたところで、そこにある影に、行幸はびくりと身体を震わせた。
「十巴!?」
もうすっかり狭くなってしまったベランダに、十巴が立っていたからだ。
「……起こしちゃった?」
髪や、半纏の肩に雪をつけた十巴の紫色の唇が、ぎこちなく笑った。
見ればベランダの向こうはぽつりぽつりと白いものが空から降りてきていて、だから明るく感じたのかと思うより先に、行幸は慌てて十巴を部屋の中に引き入れる。
「バカ、おまえ、何考えてるんだよ!」
小声で叫びながら、ヒーターのスイッチを押す。
身体や髪に付着した雪を払ってやれば、その身体はどきりとするくらい凍えていた。
「へへ……。雪が降ってて、行幸に教えたいなーと思ってさ。でもオマエ疲れてるだろうし、起こすのもなーと思ってたら……。ごめんな、起こしちゃった?」
ガチガチと歯を鳴らしながら、ヒーターの前に座った十巴がこちらを振り向く。
なんだか久しぶりのような気がするその笑顔に、行幸はどういう表情を返して良いかわからなかった。
そうしてはた、と、もうベランダがいままでとは違うものであることを思い出す。
「――っておまえ、どうやってここに!?」
答えはひとつしかないこともわかっていたのだが、訊かずにはいられなかった。
「ん? とびこえてきた。"恋の翼が、私を届けてくれたのです"……だっけ?」
いつかの夏と同じ言葉を言って、同じ笑顔で、そして懐かしい、あの文化祭でのセリフをそらんじて、十巴は尚も白い顔で笑う。
ボッと音を立てて、灯油の甘い、鼻をつく香りが部屋に広がった。
「…………バカ」
行幸は苦笑した。
顔を見られるのが気恥ずかしくて、慌てて、椅子にひっかけていたバスタオルをとって、十巴の頭にかけた。
ガシガシと、力強く十巴の髪をこすりながら、胸がつまるように一杯になっていく。
十巴にはずっと会えない日々が続いていた。だからこんなふうに触れるのも、久しぶりのことだ。
「……やっぱり、ピーターパンだよ、おまえ」
口にしたら、泣きたくなってしまって、困る。
大人に近づいて、もう飛ぶことなんて忘れてしまったと思っていた自分のところにも、まだ飛んできてくれたのだという感激。
そしてもう本当にあと僅かしか、この、夢のような時間が残されていないのだという寂寥感で、胸の中がどんどん散らかってゆく。
「え?なんか言った?」
「風邪ひくぞ、って言ったの」
そうぶっちきらぼうに返すと、髪を拭くのを止めて、クローゼットからジャージやトレーナーを取り出した。
「ほら、着替えて、こっそり帰れ」
「やだよ、帰らない」
服ははぎとるように受け取ったものの、不服そうに十巴は行幸を見上げる。
「あのね、前にも言ったでしょう。僕は男の子。十巴ちゃんは女の子。どんなに俺たちが違うって言っても、世間様は夜中にお年頃の男女が同じ部屋にいるなんて許してくれないよ?」
やれやれと肩をすくめながら、行幸はベッドへと戻る。
そのパジャマの裾を、十巴の手が握って止めた。
「……違うなんて、言わないよ」
「え?」
小さな声だったので、行幸にはよく聞き取れなかった。
十巴の顔が赤いのも、ヒーターのせいなのだと、思ってしまった。
「とにかく、あたしは行幸と寝るの!もう決めたの!」
「とーもーえー……」
すぐに裾を離して、かわりに、冷えてしまった半纏を脱ぎ始めた十巴に、行幸はいつものことながら、ベッドに入ってうなだれる。
そちらを見ないように、と、ベッドサイドに置いてあった英単語集を手にとってみても頭に入ってくるわけもなく、無言の部屋の中で、澄まされるのは耳ばかりだ。
衣擦れの音がする。
十巴がすぐそこで着替えているのだとわかれば、なんとなくざわざわした心地になる。
「暑い。ヒーター止めるよ」
「ああ……っておまえ……!」
十巴の声に顔をあげれば、十巴は行幸が渡した着替えではなく、ただのTシャツと下はパンティという出で立ちで、立っていたのだからたまらない。
Tシャツの裾から、スポーティーなパンティがのぞく。すらりと伸びたまっすぐな足。
そのところどころに、道場でつけてきたらしいあざがあることも、行幸はいままで知らなかった。
「バ、バカ、ちゃんと服着ろよ!」
「だって暑いんだもん。ほら、そっち寄って」
ギクリとして顔をそむけた行幸を手で押しのけるように、十巴がベッドへと入ってくる。
行幸はどうしても十巴の方を向くことができなくなって、背中を向けたまま、壁に貼り付くように隅へと行った。
――--何を考えてるんだ、こいつは本当に。
まるで童貞だった頃のように動揺している自分を久しぶりに感じながら、十巴の体温がすぐ隣にあることに、心臓の音が隠せない。
「行幸、やっぱ寒い」
「あたりまえだ!そんな格好して」
声が裏返った。思ったより大声が出て、しまった、と、行幸は口をつぐむ。
しかしそんな行幸の気持ちも知らずに、十巴はへへ、とまた嬉しそうに笑うと、背中にすり寄るように身体をつけてきた。
「あー、なんかすげー久しぶりだな、オマエとこうして寝るなんてさ」
あまりに無邪気に、それもあまりに嬉しそうにそんなことを言うので、行幸は本当に、弱ってしまった。
「……十巴、絶対に他のやつと、こんなことするなよ?」
「なんで?」
背中を向けたままの忠告に、十巴は相変わらずのとぼけた声を出す。
苛立ちがないわけではなかった。
――-どんな思いで、あの気持ちを、焦燥感を、ようやく手放したと思っているのか、と。
「なんでって、普通は恋人同士がすることなの、こういうことは!そのへんの男だったら、オマエ絶対ヤられるんだぞ?」
ヤる、という意味が果たして十巴に伝わるだろうかと思いながら、思わず語気が荒くなる。
「……そのへんの男だったら?なんで行幸はそうならないんだ?」
いつもと同じトーンの、いつもと同じ十巴の声。
けれど、何かが違う、と、行幸は質問に答える前に、振り返った。
――振り返らなければよかった、なんて、後悔したところでもう遅い。
十巴の大きな瞳が、じっと、真剣な色をして自分を見つめていた。
「そうならないって……だって……」
上手な言葉を探してみても、どうしても自分の中に見つけられない。
ごくりと唾液が喉を鳴らして、耳はキンと鳴って、雪の夜の静寂を教えてくる。
「だって、友達だから」
またそんな言葉を繰り返させるのか、と、僅かに心が曇る。
しかし十巴は行幸から目を逸らすことはなく、また、笑いもしなかった。
「友達だとやらないのか?じゃあそのへんの男だってそうだろ」
「そりゃ友達となら……いや……えーと……」
まるで禅問答だ。こういうところとその大きな黒い瞳が、百花と十巴はよく似ている、と、行幸は少々うんざりした心地にさえなる。
しかし、恋愛ごとに関しての察しの悪さと体格は、一乃と十巴は似通っていて――---窮地に陥らされた頭は、いつしか質問の答えよりも別 な意識へと考えをすり替え始めていた。
「じゃあさ」
十巴の手がすっと、脇腹から伸ばされて、背中に体温がぐっと寄る。
その柔らかさに、つらつらと、四姉妹たちの共通点について考え始めていた行幸の思考を一気に奪った。
「こういうことしたら、したくなる?」
「バ、バカ、おま……っ」
肩口に、十巴の顔。
子供のような、悪戯な瞳がふたつ、行幸の反応を伺うように見つめていた。
脇腹に伸ばされていた手が、すっと下へと降りてくる。
「ちょっ、なっ、やめろって……」
危機感を覚えて、慌てて股間を押さえるように、十巴の手を防いだ。
「おまえどこでこんなこと覚えてくるの!?百花か!?」
「千尋のマンガ」
半ば悲鳴のように裏返った声に返された答えに、一体あいつは何を読んでるんだ、と、いつかの昼休みに彼女が腹に挟んでいた少女雑誌を思い出す。
これではまるで、自分がそのへんの男にヤられてしまう女子のようではないか、と、必死に十巴の手をどけながら、行幸は心底、慌てていた。
「と、とにかく、俺はしないの!」
ようやく十巴の手をどけて、行幸は一息吐く。
さっきまであんなに屹立していた股間も、この騒動で少しずつ萎えてきた。
ふと、十巴が静かなことにちらりと肩口に目をやれば、いかにも不満だ、といった顔つきで、唇をとがらせている。
「……そんな顔しても、ダメだって」
「なんでだよ!」
「なんでもダメ!おまえ、発情期か!?」
さっきまで自分の身体をまさぐっていた手が、今度は背中をドンドンと叩き始める。
おまけに足でまで蹴飛ばされて、行幸はぐったりとした心地になった。
そう思えばちらりと、さっき見た白い足がちらついて、どうしたってむっくりと起き上がってしまう本能がある。
――--いい加減、大人しく寝かせてくれ、と祈りながら、行幸はただ静かに、その攻撃に耐えることにした。
しばらくして背中への振動がやみ、十巴がごろりと身体を動かすのがわかる。
行幸はようやく身体から力を抜いて、壁にはり付けていた自分の身体もまた、天井を仰ぐようにした。
「……ずっと前にさ、言っただろ?こういうことは、好きな男としなさいって」
息を吐き出すように言う。それを告げる心は、いまや穏やかだった。
あともう少ししたなら、十巴が恋人だと自分の知らない誰かを連れていても、微笑んで祝福してやることができるかもしれない――-。
そんなことを最近、ようやく思えるようになったばかりだというのに。
「……だって」
まだ拗ねた声の十巴が、やはり天井を見上げたままで呟くように返す。
「だってどう考えても、行幸より好きなヤツなんて、思い浮かばなかったんだよ」
行幸はぱっちりと目を見開いた。
それは本来、とても幸福な言葉のはずだった。
それでも行幸は素直に喜ぶことができずに、諭すように言葉を返す。
「だからそういう好き、とかじゃなく――」
そう言ったところで、突然にがば、と、隣の十巴が起きあがった。
「なんであたしの心まで、行幸が決めるんだよ。あたしの気持ちは、あたしにしかわかんないだろ」
十巴の苛烈な瞳が、真っ直ぐに、行幸を睨みつけていた。
十巴の言葉はいつもこうだ。 いつだって強烈にまっすぐに、自分の心を抉るように突き刺してくる。
どれほど勉強ができようと、生徒会長と呼ばれてもてはやされようと、おまえ、思い上がるなよと、忘れそうになろうとしていることを思い起こさせる。
行幸は一度、目を閉じる。
「――本当に、そうだな。ごめん」
吐き出すように言って、果たして自分は、これから先、この瞳を、声を失っても大丈夫だろうか、と、改めて思った。
「そうじゃなくてー!」
つい数秒前まで怒っていたとは思えない情けない声で、十巴が身体をじたばたとさせる。
「だからその、行幸だと思った、って、言ってんの……」
消え入りそうな声で言うと、十巴はぱたりとベッドへと横たわった。
まるで別なことを考えていた行幸は、その言葉をきちんと理解するまでに少しばかり時間を要する。
「へ?」
「だーかーらー!」
じれったいとでも責めたげに、十巴はくるりと行幸を向いた。
向いた先の行幸が、なんだか間抜けな顔をしていたので、十巴もまた、拍子抜けしてしまう。
「あ?……ああ、そういうことか」
しばらく頭の中で十巴の言葉を反芻していたらしい行幸が、うんうん、と頷いて、そうして手を伸ばしてきた。
それは頬に添えられたり、肩を抱くこともなく――頭を二、三度ぽんぽん、と撫でて、そうして「ありがと」と言って離れる。
「ありがとって、それだけ?」
少女漫画ならこういうとき、『オレも……ずっとお前のこと……!』『嬉しい!』とかなって、花びらが飛ぶ展開になるのではなかったのか、と、呆然とした心地で、既に眠ろうとしている行幸を見やる。
「ん?……うん」
「うん、って!」
抗議の声をあげた十巴に、行幸がようやく十巴の方へと身体を向ける。
顔がとても近くに、向き合う形になって、十巴はどきりと言葉を止めた。
行幸が、微笑んでいたからだ。
「……俺はね、十巴。ずーっとおまえが好きだったよ」
それはとても、静かな声だった。
「それがどういう好きだとしても、本当にずーっと、好きだったんだ」
時折ゆっくりと瞳を閉じて、まるで眠るように行幸が言うので、十巴はもう、何も言えなくなってしまった。
なんだか遠いことのようだ、なんて、責めることもできなかった。
「だから、いつだっておまえがいなくなるのが、怖かった」
行幸の長いまつげがゆっくりと開いて、黒い、夜のような瞳に十巴の顔が映った。
「いなくなんか……ならないだろ」
そう言った喉は渇いていて、ひきつって少し痛い。
行幸がまた微かに笑む。なんだか寂しそうだと十巴は思った。
「だってなんか、おまえ飛んでっちゃいそうじゃないか。昔っから、ずっと」
「そんなこと……」
言いかけて、ない、と言えないことに気づいて口を閉じる。
行幸がまた、笑った。
「ピーターパンって、覚えてる?」
「童話の?」
うん、と、行幸が静かに頷く。
「あの話の最後、どうなるか覚えてるか?」
行幸の問いに、十巴は懸命に記憶を辿る。なにしろ行幸と違って、本という本をまるで読まずに育ったのだ。
早く答えなければ、行幸がそのまま眠ってしまいそうだと焦るほど、とても穏やかな、静かな時間だった。こんな時間はきっと、ふたりにとって生まれて初めてかもしれない、と、十巴はふいに思った。
「……行幸?」
しばらく一人考えていたら、行幸は瞳を閉じたまま、返事を返さない。
そのうち静かな寝息が聞こえてくるような気がして、十巴は慌てて、肩をゆすろうとした。
と、その手を突然、行幸の手がつかまえて、引き寄せられた。
「寝てないよ」
抱きしめられるように、行幸の胸に顔が寄る。
突然に向けれた声が低くて、行幸の手が熱くて、十巴は、心臓がぶるりと震えたような感覚がした。
「――もう、怖くないのか?」
低い、静かな声。十巴が顔を上げれば、唇が、行幸の顎に触れるほど近くにある。
振動する喉が、身体を伝って、直接言葉を響かせる。
「変わるのがこわいって、言ってたじゃないか。大人になるのが怖いって。……それはもう、いいのか?」
行幸は瞳を閉じたままで言う。
駆け足で走ったときのように、心臓が 早く鳴っている。
いままでだったら、この手を離して逃げていたかもしれない、と、十巴は思った。
「……こわいよ」
ぴくりと、行幸の身体が震えた。
十巴は行幸にもたれるように、 強張っていた身体の力を少し抜いた。
温かかった。
「でも、さっき、ベランダを飛んだときだって、すごく怖かったんだ。昔だったらそんなことなかったのに」
雪で凍えた、新品のてすりはつるりと滑って、危うく落ちるかと思ったほどだ。
それでも、どうしてもベランダを飛び越えてしまいたかった。
「それでもどうしても、いま、行幸に会いたかったんだ」
十巴はぎゅう、と、行幸のパジャマの胸元を掴んだ。
自分の肩が、身体が、もうすっぽりと行幸の腕の中に隠れてしまうほどになったのだと、改めて思えば余計に鼓動は早くなる。
「……行幸、キス、してもいい?」
顔を上げれば、行幸はなんだか悲しそうな顔をして、十巴を見つめていた。
「わからない」
「なんだよ、それ」
静かな間が流れているのが怖くて、十巴は思わず苦笑する。
けれど行幸は、笑わなかった。
仰向けに身体を横たえたまま、いつかのジュリエットの遺体のように、静かに瞳を閉じていた。
「俺は、こわいよ。まだいろいろ、こわい」
息を吐き出すように言った後、行幸の腕が、もぞりと動いて十巴の身体をしっかりと抱いた。
体温が、そして行幸の鼓動がいっそう近づいて、心臓が耳まで移動してきたように鳴って、暗い部屋がちかちかと火花が散っているような感覚さえ、する。
「あたしは、行幸と……したい」
十巴は行幸の腕を押しのけるように身体を動かして、行幸に覆い被さるように起きあがった。
行幸は瞳を閉じていて――-その睫毛が、窓から差し込む光で影を作る長いまつげが、微かに震えている。
キスを待つ、おひめさまみたいだ、なんて、いま思うのはおかしいだろうか?
そうっと、身体に力を入れながら顔を落としていく。
唇を静かに行幸のそれに重ねた。閉じた瞳の暗い景色が、くらくらと目眩する。
ファーストキスではないけれど、こんなふうに心をこめて十巴からするキスは、行幸からされたそれとは違って、ふわりとした唇の質感が優しく伝わってきた。
「ごめん、しちゃった」
言葉に困って、照れ隠しのようにそう言っても、行幸はまだ瞳を閉じたままで、目を覚まさない。
「行幸?」
そんなに厭だったのか、と、不安になって見つめれば、真一文字に閉じられていた唇が、ようやく開いた。
「……寝てないよ。目を、開けられないだけ」
声は震えて、かすれていた。
なんで、と、問おうと口を開きかけたとき、行幸は一度、十巴とは反対側の肩に頬を擦るようにして、再びくるりと向き直った。
いま頬を擦りつけた肩が、うっすら染みをつくっているのがわかった。
「友達でいるって決めたのに、キスなんかされたら、泣けてくる」
まだかすれている声で、それでもふざけるように言って、行幸がようやく微笑んだ。
まつげが濡れている気がしたのは、十巴の気のせいだったのだろうか。
行幸の唇が十巴の頬へ、そして唇へ。
いつかの放課後の教室での記憶をたどるように、舌が絡んで、また離れる。
「み、ゆき……」
身体を起こした行幸が、十巴の身体の上へと覆いかぶさるように、乗った。
Tシャツの中に指が滑り込んできて、十巴は体を震わせた。
太もものあたりに、何か硬いものがあたっている。それが何かは、問わなくてもわかっていた。
愛おしさが溢れて、行幸と体をぴったりと触れさせれば、強い腕が、十巴の背中を滑っていく。
――こんなふうに行幸と肌を重ねる日が来るだなんて、想像したこともなかった。
友達と話す恋の話はいつだって物語の中のことのようで、頭に描く"恋人"という人は白くぼやけた影をしていて、まさかそれが、行幸だなんて。
「……っあ」
行幸の舌が胸のあたりの肌を舐って、思わず声が漏れる。
自分の声がこんなに高く、かわいらしいものだなんてことも、あの教室で初めて知った。
乳首に舌を絡ませながら、下着に指が進入してくる。
行幸は焦る気持ちを堪えて、そっと、軽く指を触れさせた。
びくりと十巴の身体がふるえる。ショーツの薄い布越しに、茂みの感触があった。
行幸はそのまま、布の上からつ、とスリットを軽く滑らせる。そして指先に触れた固い蕾の感触に、手を止めた。
そこをカリカリと、爪を立てるようにして触れる。十巴の身体がその行幸の動きに小刻みにふるえる。
「あっ、あっ……あ……」
布が湿ってきたのがわかった。行幸は下着を剥ぎ取ることなく、横にずらして指をしのばせた。
ぬるりとした感触があった。
十巴の身体が、自分の指に応えている。
そのことに行幸は、泣きそうになってしまった。感激したのだ。
ぬるぬるとした粘液が、指を誘って、充血し膨張した十巴の襞に触れた。
びくりと一度、大きく十巴の身体が震えた。
行幸の体重が、体温が心地よくて、十巴は必死にその肩を抱いた。
「……あ、あたしばっかり、されてて……ズルイ」
「ズルイ、って……」
さっきまで知らない人のような顔をさせていた行幸が、途端にいつもの顔へと戻る。
十巴はくるりと体を反転させて行幸の上にのしかかると、さっきまで自分がされていたのとは逆に、行幸のパジャマの中へと手を入れた。
熱いものがそこにあって、それを握り締めるようにすると、行幸がわあ、と情けない声を出す。
「? どうしたら気持ちよくなるの?」
「……そんなこと、恥ずかしくて言えない」
仰向けになった行幸が両手で顔を覆うようにしたのが可愛くて、十巴はそうっとその先端をなでるようにした。
ぬるりとした粘膜の感触があって、男も濡れるんだ、なんて冷静に思う。
指で、つるりとしたそこをすべれば、行幸が声をあげた。
「……っや、だめだって……」
初めて聞く、うわずったその声に、胸の中に火が点ったようにぞくりとする。
もっと聞きたくなって、今度は少し乱暴に、こするように手を動かすと、行幸が十巴へと手を伸ばしてきた。
「だ、め……我慢、できなくなる……」
体を引き寄せられて、唇を重ねた。
煽られた欲情が後押しして、十巴は行幸の唇をむさぼるようにしながら、指で丹念にそれを弄ぶと、行幸が体を震わせて、いっそうたまらない。
まるで純情な乙女に襲いかかっている男のようだ、なんてちらりと思う。
「行幸、あの日の続き、しよ……?」
発した声は、吐息を伴っていた。
体の芯がむずむずして、行幸の体に腰を擦りつけるようにすると、行幸は少し、困った顔をさせた。
十巴は行幸の返事を待たずに、下着を脱ぐ。
修学旅行のときだっただろうか、クラスメイトの女子が初体験の話に花を咲かせていて――-感想は、とにかくすっごく痛い、だった。
それを聞いて青ざめた十巴だったのに、いまはどうしても、行幸とつながりたい。
――つながりたい。
そんなことを思ったら、涙が出そうになる自分は、変なのだろうか。
「……ほんとに?」
確認するように言った行幸の声にこくりとうなづけば、視線の先の行幸が唇を一度噛んで、体を起こした。
手にはどこから登場させたのか、小さなパッケージを持っている。
「それ、なに?」
「………見ないで」
行幸は十巴に背を向けて、何かをごそごそと始めた。
肩口から覗き込むと、蛍光色のビニールのようなものをつけているのだと、薄闇の中でわかる。
「あ、コンドームだ」
「見るなって!恥ずかしいから!」
手で追い払われて、十巴はしぶしぶベッドに横になる。
こうして待っている間に熱が引いて、なんだか少しずつ、気恥ずかしくなってしまう。
「……痛いかな」
「……うん、多分」
準備を終えたらしい行幸がようやく十巴の元へと戻ってきて、再び体温が十巴の体を包む。
行幸の体重が乗って、あらわになったままの太もものあたりに、熱い感触が触れているのがわかる。
人間の肌の質感とは違う、ピチッとしたゴムの質感に、胸がどきどきとして、どういう顔をしていいかわからなかった。
「……なんか行幸、慣れてるのな」
「そりゃあ……まあ」
自分とは対照的に、行幸が落ち着いていることがおもしろくなくて、十巴は唇をとがらせる。
いままで行幸が誰とつきあおうと、たとえばこの部屋に教科書を借りに来たときにベッドに人影があろうと、さして気にしたことなどなかったのに。
背中を向けてしまった十巴に、行幸は微笑む。
十巴がこんなふうにやきもちを焼く姿は初めてで、拗ねた背中がたまらなくいとおしい。
Tシャツの背中を抱きしめて、耳元に唇を寄せた。
「十巴……」
十巴の体が緊張するのがわかる。
背後からまわしていた手で、胸に触れる。いままでよりも少し膨らんでいた。
片手で太ももを開いて、屹立した自身を挿し込むように、はさむ。
ふっくらとした太ももの感触が、またぞくりとさせた。
「……はっ…ん」
指で十巴のそこを拡げる。ぬめった襞を割って、先端が吸い込まれるようにあたった。
ゆっくりと擦るように、腰を動かす。十巴の熱くなった耳が、ふるふると震えた。
「……十巴、入っちゃうよ」
ささやくように言われた声に、十巴は答えなかった。赤く染まった耳が震えている。
背後から片手でクリトリスを擦るようにしながら、先端で入り口をゆっくりと撫でる。
しとどに濡れたそこは、ゴムの質感をさせた行幸のものをいまにも呑み込んでしまいそうに蠢いている。
本当なら、今すぐにでも押し入れてしまいたい衝動と、行幸は必死に戦った。
「ぁっ……!」
十巴の手が、背後から胸元に回されていた行幸の腕を、ぎゅうとつかんだ。
少しずつ少しずつ、亀頭の先が埋まっていく。腰から下が痺れて、そのこと以外、何も考えられなくなってしまいそうだ。
「はい……る……」
皮膚の擦れる抵抗感を残して、先端だけを挿入した。
十巴の爪が腕に食い込んで、びくびくと肩が揺れる。浅い息を何度も吐き出す、音。
――こんなふうに十巴と肌を重ねる日が来るだなんて、想像したこともなかった。
想像すれば心は止められなくなるから、考えることをずっとやめていた。
それでもいまこうして、十巴とつながっていることに、こんなにも胸が苦しいのは、多分、幸せだからだ。
「と、もえ?」
背後から挿入したまま、動かない十巴を覗き込む。
十巴はぎゅうと目を閉じて、細かく首を振った。
「……い、いっかい、抜いて」
ロマンティックのかけらもない低い声をしてそう言うと、行幸の体から逃れるようにして、十巴は仰向けになった。
ようやく一心地ついた、と長い息を吐き出した十巴が、じろりと行幸を見上げる。
「そんなに……痛かった?」
「すっっっげえ、痛かった。口から内臓出るかと思った」
うらみをこめるように睨んで、そしてすぐに笑顔になる。
「ほら、続き。ちゃんと最後まで、しよう」
涙目で笑う十巴が両手を広げて行幸を抱きしめるので、行幸もなんだかつられてしまって、泣きそうな心地で十巴を抱きしめ返した。
こんな幸せな夜が、ちゃんと自分にも用意されていたのだ、と、子供のころの気持ちに戻って、かみさま、と、行幸は頭の片隅で呼びかけた。密やかに。
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