呉ノ朱

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  七.  

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「ハイ、おつかれさん」
後夜祭で盛りあがるグラウンド片隅、行幸は十巴へとジュースを手渡した。
十巴は憮然とした顔でそれを受け取り、一気に飲み干す。
「まだ怒ってんのか?いいだろ、大成功だったんだから」
そう、舞台は大成功で、6Aのクラスの結束はよりいっそう固いものとなり、十巴にとってもそれが嬉しくないわけでは、決してない。
だから十巴は怒っているのではない、戸惑っているのだった。
それぞれようやく生徒会長と風紀委員長という職務から解放された十巴と行幸は、木にもたれかかるようにして、はしゃぐ生徒たちを眺めた。
「……ス」
「ん?」
しばらく黙りこくっていた十巴が何かを言って、行幸は十巴を見た。
「お前なんか、特殊なことしてるだろ」
「へ?何が?」
十巴は行幸を見ないままでそう言い、行幸は自分のジュースに口をつける。
「キスだよ!」
唐突な言葉に、行幸は思わずジュースを吐き出した。
「は!?」
十巴は木に寄りかかったまま、言いづらそうに口の中でもごもごと言葉を繰り返している。
その横顔が赤く見えるのは、フォークダンスのライトのせいだろうか。
「だから、お前とのキスはなんか違ったって言ってんの!なんか……こう……」
「……気持ちよかったって?」
ようやく得心がいって、行幸は少し、にやりとした。
十巴の憮然としたままの横顔が、ちいさくこくりと頷く。
「当たり前だろ、年季が違うってゆうの」
なんとなくこの話を続けるのは危険な予感がして、行幸はあえて、話を逸らす。
しかし十巴はそれを引き留めるように、行幸を振り返った。
「なんか、ズルい!」
「はあ!?」
十巴の両手が、行幸のシャツを掴む。縋りつくように、十巴は行幸を見上げた。
「いつもズルいんだよ!あの試合だって、オマエわざと負けやがって、舞台だって、あたしはなんにも知らなかった!」
「あのね、試合はね、あれは本当にお前に負けたの。わざとじゃないの」
駄々をこねる子供とお母さんのように、行幸はぽんぽんと十巴の肩を叩く。
もう中学生のあの頃とは違うのだ。武道をやめた自分と、続けている十巴に明らかに力の差は生じている。
それでも十巴に負けたことを行幸が悔しいと思っていないとでも、思っているのだろうか。
「……折ればよかっただろ!そしたらオマエの勝……」
「怒るぞ」
さっきまでとは違う、低い声で行幸は一度、冷たく言った。
手の中のジュース缶が、ペキ、と音を立てて潰れる。
途端に、十巴の顔が曇り、そしてうつむく。
「なんでいつもそうやって余裕ぶって……あたしの先を行って……」
自分の胸元、シャツを握りしめている十巴の手が震えていることに、行幸は気づいた。
「オマエはいつも、あたしをおいてくんだ」
ゆっくりとシャツから手が離れる。
そして背をむけた十巴が、その腕でぐい、と顔を拭ったことに、行幸は眉をひそめた。
――おいていくのはおまえだろう、と、喉で言葉が詰まる。いつだって詰まるのだ。
「十巴」
「うるせえ!バカ!ついてくんな!」
背中を向けたまま、ぶんぶんと腕を振り回して行幸を拒む。
その背中に、いつかの試合の後の背中が重なった。
あのときの十巴も、いまとまったく同じように言って背を向けたのだと、彼女は覚えているんだろうか。
迫り上がってくるような、たまらない思いに、行幸は手を伸ばす。
あのときは、届かなかった。
届かなかった手を一人、行幸は握りしめて――子供時代との決別を決めた。
けれどいまは、あの頃よりずっと長くなった足と手とが、十巴の手首を捕まえた。
「……さわんな!」
ぶんぶんと振りほどかれそうな手首にいっそう力をこめて、十巴の身体を引き寄せる。
振り返った十巴は、顔をくしゃくしゃに歪めて泣いていて……行幸はそれを、抱きしめたい衝動をこらえながら、手を引いた。
「なんだよ!」
「いいから来い」
すっかり暗いグラウンドながら、すれ違う生徒たちに泣き顔を見られないようにと顔をうつむかせて、十巴は行幸に手をひかれていく。
行幸が 十巴をつれて行った先は、誰もいない教室だった。
普段でも人通りが少ない旧校舎で、ましてや今日は、誰も来ない。
窓からは、グラウンドで踊る生徒たちが一望できた。
「……聖者には唇がないのでしょうか、それに巡礼には?」
その窓を背に振り向いた行幸は、静かにそう言った。
向き合った十巴の身体が、ぎくりと強張る。
「なんのつもりだよ」
「いや。ほんとはジュリエット、やりたかったんじゃないかと思ってさ」
いたって普通を装って、行幸は微笑みながら十巴を見る。
十巴はバツの悪い顔をして、また、うつむいてしまった。
「ほら、セリフ」
「……いいえ、お祈りに……ええと」
行幸はそっと、十巴の手をとった。十巴はそれに抵抗することはなく、セリフを思い出そうと、首を傾げる。
「わかんねえよ、ジュリエットのセリフなんか!自分の覚えるだけで精一杯だったんだから……」
困ったように行幸を見上げた十巴の顔が、いっそうぎくりと固まる。
うつむいている間に、こんなにも近づいていたのか、と。
そんなことを思っている隙に、行幸の唇が、十巴の唇をふさいだ。
「……んっ」
それはいままでのどのキスとも違っていた。
腰に腕がまわされて、身体が引き寄せられる。もう片方の腕が、十巴の頭の後ろ、その髪をくしゃりと鳴らせた。
唇が触れた瞬間に、もう十巴は頭がぼうっとしてしまって、身体から力が抜けてどうしようもなくなってしまう。
軽く吸われては、離され、そしてまた、どちらともなく合わされる。
身体の芯が溶けてしまうようなこんな感覚は、行幸とのキス以外で、十巴は知らない。
「はっ……」
貪っているのは、もう行幸ではなかった。
行幸が何を動かすこともなく、十巴から、幾度となく唇が吸いつけられ、行幸の肩を掴んだ手に力がこめられる。
「み、みゆき、ちょっ……待って」
「なに?」
肩で息をした十巴が、がくがくと震える足を支えるように、行幸にすがりついていた。
「あたし、なんか、へんだ……なんか……」
もじもじと身体を行幸にすり寄せるようにして、十巴が潤んだ目で行幸を見上げる。
行幸は片手で十巴の腰をしっかりと抱いたまま、もう片方の手を、そっとスカートの上から、十巴の下腹部に触れさせた。
「ここ?」
「ひゃっ……!」
がくん、と十巴の身体から力が抜ける。立ったまま、片手だけで十巴の身体を支えるには、力が要った。
行幸はそのまま、スカートをまくり上げて、下着へと進ませる。じっとりとした湿気があった。
「だ、だめだ、そんなと……こ……!」
力が入らない身体で十巴は行幸から身体を離そうと、両手でその肩口を押す。しかしすぐに、行幸の唇が十巴の唇を再び、ふさいだ。
行幸の手が、十巴の下着に侵入する。茂みの感触と、ぬるりとした愛液が溢れんばかりにその指を濡らした。
「あ、あ……っ!」
ぐちゅ、と指は簡単にぬかるみに沈む。
もう立っていられなくなった十巴が、行幸の首に手をまわして、すがりついた。
行幸もまた、荒い呼吸で喘ぎながら、無心に十巴の中に沈めた指を静かに動かす。
厚い壁が収縮して、その指をきゅう、と締め上げた。
「やっ、やっ、あ!あ……っ」
行幸の首にまわされた十巴の腕に、より力がかかって、その身体がびくびくと震えた。
快感にどろどろに溶けた頭のまま、行幸はその十巴の耳に、頬に、舌を這わせる。
もう、射精してしまいそうな程に、興奮していた。
「やだ、やだっ……あ、み……ゆき……っ」
中指で十巴の膣壁を擦りながら、きゅう、とクリトリスを摘む。
もう手の甲のあたりまで濡れたそこは滑って、ひくひくと行幸を誘い続けている。
「あっ、あ、あ――っ!」
びくりと、一度十巴の身体が大きくはねた。
達したのだ、と、冷静に考える余裕も行幸にはもうなく、ぼんやりとした頭のままで、そこから指を抜き取る。
十巴はそのまま、床に崩れ落ちた。
寝転がるようにして露出した太腿が、窓からのあかりに白く浮き上がっている。
それはまだ、ひくついて震えていた。
それを横目で見ながら、行幸もまた、床に座り込んだ。
十巴の流した愛液でしとどに濡れた手を、制服のシャツに擦りつけるように、拭う。
しんとした教室に、十巴と行幸の荒い息づかいだけが、響いていた。
窓の外から、フォークダンスの快活な音楽がかすかに聞こえている。
「んっ……」
ようやく正気を取り戻したらしい十巴が、ぴくりと身体を震わせ起きようとして……また床に倒れ込む。
十巴は腕を両足で挟むようにして、そしてうっすら開いた瞳を行幸に向けた。
「行幸、なんか……なんかまだ、へん……」
行幸は重い身体を引きずるようにして、十巴の側へと行く。
十巴は自分の手をスカートの上から、さっきまで行幸が触れていたそこにあてて、身体を丸めていた。
「なんかすごい、むずむずして……」
まだ焦点の定まらない目をした十巴が、必死でもぞもぞと、手を動かしているのはおかしかった。
「……もっと、してほしい?」
行幸とて、射精していないのだから収まるものも収まらない。
十巴の腕をとって、その身体の上に覆い被さるように、乗った。
自分の屹立した股間が、制服のパンツとスカートごしに、十巴のそこと擦り合わされるのがわかる。
「っ……!」
紅潮し、潤んだ瞳をさせた十巴の顔が、少し歪んだ。
そこにもう、幼なじみの姿はない。
スカートをはいた、頬を赤らめた、18歳の少女が自分の身体の下にいる。
……そんな十巴を知るのが、おそろしかったんじゃなかったのか?と、頭の奥で囁く声があった。
半ズボンに日焼けした肌で、夏を駆け回っていたあの日曜の少年の笑顔を、失うのが怖かったんじゃ、なかったのか。
いまこのまま、十巴に挿入することもできた。
むしろ身体は早く、早く、と、飢えるように行幸の感情を急かしていて……理性と本能との境目で、行幸はもう、どうすることもできない。
ほんの数センチ下に、十巴の唇がある。
それに触れてしまえばまた、止めることなんてできそうにない。
躊躇った行幸が、俯いた、その時だった。
「えー、後夜祭もそろそろ――」
スピーカーから流れる声に、十巴と行幸は、ハッと顔を見合わせる。
冷水を浴びせられたような心地になって、行幸は慌てて、身体を起こした。
後夜祭が終わる。ということは、生徒会長挨拶がすぐ後に控えているということだ。
彼にしてはめずらしく、真っ青に青ざめながら、行幸は教室を飛び出した。
任務を忘れるほどに、必死だったのだ。
いまだ盛りあがったままの股間が、願わくば、壇上に登るまでには収まっているように、と、ぎこちなく走りながら。


「……今年の文化祭は、私が経験したこの六年間でも、特に思い出深い……」
グラウンドの中央、朝礼台の上で髪の乱れひとつなく、ソツのない締めの挨拶をする行幸を、クラスメイトたちに混ざりながら、十巴はぼんやりと見上げた。
さっきまでのことはまるで夢の中の出来事のようで、けれど、湿ったままの下着が、現実なのだと言っている。
「さすがねえ、黒崎くん」
「うん……」
クラスメイトの囁きに生返事を返しながら見つめる、スポットライトの下の行幸は、光の中にいた。
すらりと高い背をぴんと伸ばして、隙のない黒髪がライトにオレンジ色にまぶしい。
整った顔立ちに浮かぶ笑顔は理知的ながら、穏やかで………。
このとき初めて、本当にようやく初めて、十巴は気づいたのだった。
もう、自分の後をついてきたあのやせっぽちの行幸はどこにもいない。
ここにいるのは、同い年の、男なのだ、と。
――行幸なのに、行幸じゃない。
さっきまであんなに、体温をわかちあうほどに近くにいたのに、なんだかいまは、とても遠い人のようだ。
「これで生徒会長としての私の任務は終わりますが、次期生徒会もまた……」
しばらくして、最後の任務となった生徒会長挨拶を終えた行幸が、壇上を降りてこちらに戻ってくる。
十巴と視線がかち合って、一度バツの悪い顔をさせても、またすぐにいつもの笑顔になった。
十巴はなぜだか真っ直ぐにその笑顔を見ることができずに、俯く。
「十巴……?」
目を閉じればくらくらと、黒い世界がまわる。
十巴は行幸の肩に、こつりと額をあてた。
そうして、並んで立った行幸の肘のあたりから腕を絡ませて、そっと、手をつなぐ。
なぜそんなことをしようと思ったのか、十巴自身にもよくわからない。
一瞬、行幸の手が戸惑うようにぴくりと反応し、だがすぐに、握り返してきた。強く。
染みてくる体温がやけに温かくて、十巴は余計に、なんだか泣きたくなってしまった。
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