呉ノ朱

小説一覧 作品紹介 よくあるご質問 他サイトへのリンク 御感想はこちらへ 文字サイズ 大 中 小



 
  六.  

この小説に関連するシリーズ
人物紹介・作品解説へ

「? どうしたの、透くん」
「いや、なんでも」
膝の上――正確には太ももの上だが――に乗せたルミが、志波の挙動を敏感に察知して、不思議そうな声を出した。
志波はそれをごまかすように、彼女の唇を吸う。
思えば千尋がこの隣、新聞部部室(仮)であるところの秘密基地に入り浸るようになってからというもの、志波は女の子といたす場所に随分と苦労したものだった。
本来、あの部屋を守ることを最優先させるならば、この歴史資料室にさえ誰かを連れ込むべきではなかったのだが、まあそれはそれ。
そもそもこの歴史資料室のあの歴史年表の裏にアナザールームへの入り口があるだなんて思いつくような目ざとい女子を志波が選ぶはずもなく、また、そういう女が志波を選んでくれるはずもまた、ない。

今日ばかりは、と、久しぶりにかかったお誘いに、志波も気合を入れていたのだ。
千尋には、それこそ廊下ですれ違った度に、学食まで出かけていって、しまいにはメールまでして、「今日は何があっても絶対に来ないように!!」と申し伝えていた。
温室にその姿も既に確認済み、おかげで千尋が、今日この部屋を訪れることはないだろう。
ないはずだ。

「………っは」
手に触れるのは、白い肌。やわらかくて、しっとりと吸い付くようだ。
人より太っている、と、彼女は服を脱ぐことをいつも嫌う。が、志波にとってはその柔らかい肌がたまらなく、いい。
子供のように乳房にむしゃぶりついて、舌で先端を転がした。
「あっ!」
びくりとルミの身体が震えて、向かい合うようにして座っている志波の頭を強く抱く。
やわらかい。
ふと、そのやわらかさに、あの日曜の千尋の手の感触が重なった。
「やっ……かたぁい」
いま、目の前にこんなにも気持ちのいい物体、いや女体があるというのに、どうしてあの手の記憶で俺はこんなに急激に勃起、しているのか。
「ね、動いて……いい?」
「いいよ」
熱っぽい視線で志波を見下ろしたルミの腰が、ゆっくりとグラインドする。
うねるような快感の中で、志波は懸命に頭の中から千尋の姿を追い出そうと、した。
「はっ……あ、あっ……」
甘ったるい、ルミの声。
――--あいつは間違ってもこんな声は出さない。
……いや、出す、のか?
「き、もちいいよう……」
それにしてもルミちゃん、テクニシャンだ。
志波はルミを椅子に座らせ立ち上がると、椅子ごと抱え込むようにして腰を動かす。
「やっ、だめっ、だめ、だめ……っ、トールくんの、いいっ……」
「誰とくらべて?」
志波は笑った。ルミのまつげの隙間に光が見えて、彼女は薄目で微笑むと、バカァ、と呟く。
音が聞こえた。ぐちゃぐちゃと、体液がかき回される音。
――――ナニをナニしたのかね。
あいつはそう言ったけれど、ていうことは、あいつもオナニーをすることがある、ということであって。
そんな姿、志波は全然想像したくなんかないんだけど、もしかするとあいつだって誰かにこうされて……。
「す、すご……いっ、ダメ、イッちゃ………っ」
ぞくりと駆け上がるような苛立ちと快感で、あまりにもゆさぶりすぎたらしい。志波をしめつけていたルミの膣がぎゅうと締まって、びくびくと波のような収縮をする。
不意に浮かんで消えたのは、昨日の横顔。
――――志波は、この間、まぐわってたあの女子のことが好きなんだよね。
志波は腰を止めた。勿論、達してはいない。
その瞬間だった。
「志波!!!」
ガラリと扉が開いて、遠くから駆けてきたような、肩で息を続ける千尋の姿がそこにあった。




「……なんなんだよ!? 邪魔するのが趣味なの!?」
半ば茶化したように叫びながら、部室のいつもの事務椅子に座り机にひじをついて、志波はソファーの千尋を睨みつけるように見た。
無論、ルミは光速の速さで逃げてゆき、あの調子では、おそらく明日あたり、自分とおサダとは、確実に何らかの噂をたてられるに違いなかった。
――――取り憑かれてるらしいよ、とか。間違ってないけども。
だが、千尋の様子は明らかにおかしく、志波を見てはいない。
おろおろと、どこか落ち着きをなくした仕草で何かを話し出そうと口を開いたり、また、閉じたりを繰り返して、唇をかみしめていた。
「おい、おサダ?」
志波の声に、ハッとしたように千尋は志波を向く。
汗でぺったりと貼りついた前髪の隙間からのぞいた瞳が、助けを求めるように志波を見つめた気がしたのは、気のせい、だろうか。
「ど、うしたらいいか……わかんない」
「だから、何が。落ち着いて話してみろって」
千尋はこくりと頷いて、そしてポケットから携帯電話を取り出した。
それを少しのためらいの後、志波へと差し出す。
携帯の画面には、二人の男と明の後姿。
明は、あきらかに学園の生徒ではない彼らに何かを渡している、その瞬間の一枚。
空気を通して伝わってくる、千尋の雰囲気がいつものそれとは違っていることからも、志波の背中をぞくりとよくない予感が駆け上がる。
「最初は……何かに巻き込まれてるんだと、思ってた」
ぽつりと放たれた声が、震えている。
意味がわからず、志波はただ、千尋の次の言葉を待った。
「時々、温室に、人が、来る。ウチの制服を着てるけど、ウチの生徒じゃ多分なくて……」
一向に要領を得ない話に、志波はがりがりと頭をかくと、ソファーに座りなおし、ぽんぽん、と、自分の隣を叩いた。
その合図に、千尋もまた志波の隣へと座り直す。
「ええと、ええと……ええと……」
「ゆっくりでいいから、ひとつずつ話して。……明の話だな?明がどうかしたのか?」
思いのほか、志波の声が優しかったのだろう。
千尋は一度志波を見上げた後、こくりと頷いて、ひろげた手のひらの指を折るように、話を続けた。
「センパイが、なんかを渡してて、なんかを受け取ってた」
「渡してるって、何を」
花の種、だの、特製肥料、だのといった、穏やかな話で済むならば、いまここに、こんな時間に千尋がやってくる理由はなかった。
おそらく彼女は何かを感じ取ったのだ。明を見続けてきた、彼女だからわかる、何かを。
「小さなビン……だと、思う。クリーム色っぽい、どろっとした液体が入って……。かわりに、封筒。すごく厚い、多分……お金」
「それを売ってたってことか」
まさか精液じゃねえだろうな、なんていつもなら出てくるであろう下品なジョークも、いまは言う気にもなれなかった。
落とした視線の先に、千尋の握り締めた拳があった。
微かに震えているのは、ついさっき、彼女がそのやりとりを目にしてきたからなのだろうということは、想像に難くなかった。
「それにしてもよく撮れたな。撮るとき気づかれなかったのか?」
「改造、してあるから。音が出ない。隠し撮り用、に」
そうして写真一覧を見れば確かに、入っている写真は明、アキラ、あきら。
――――やっぱりどう考えても、ストーカーだ、コイツ。
改めて、このおサダという女子生徒に脅威を感じつつ、志波は携帯を手渡す。
「で?おまえ、俺にどうしてほしい?」
志波は目を細める。
千尋は、しばらく何かを考え込むように沈黙し、視線を外へと投げた。
温室の方向へ。
そうして再び志波を向いたとき、彼女はもう、震えてはいなかった。
「………先輩が何をしているか、調べて、記事に、して」
千尋の声は落ち着いて、同時に、いままで聞いたどの声よりもしっかりしたものとなっていた。
意外な答えに、志波は目を見開く。
「てっきり、明を助けてくれとか、目を覚まさせろとか、言うのかと」
千尋は小さく首を振る。
「先輩が本当に悪いことをしてるのか、それとも別の理由があるのか、わかんない。聞いても……ごまかされるのか、本当なのか……判断できないから」
「まあ、そうだろうな」
いつもにこにこ笑顔の明クン。
判で押したような善人だと思いつつ、その反面、あいつが何を考えているか――---双子の自分ですらわからない、と志波ですら、思っている節があるのは否めない。
それを千尋も感じ取っているのだろう。
だが――---志波は、おもしろくなかった。
「で?」
「で??」
志波の声が僅かに低くなったことに千尋は気づかず、ぽかんとした顔をさせた。
「あのね、コレ、慈善事業じゃないのね。俺がおもしろいと思ったことじゃないなら、よっぽどペイが良くないと書かないのね」
「ペイ?……ああ、お金」
それは、志波がこの恐怖新聞を始めたときからのポリシーのようなもの。
例えば誰かを告発したいヤツがいる。
俺は金額を提示する。決して、安くはない額だ。
本当に本当にそいつが必死なのだとしたら――――なんとしてでも、払うだろう。
結局のところ志波は、いろいろな物事において、総て損得で勘定する癖のようなものが染み付いているのだった。
「じゃあ、前に言ってた、あんたがこれ書いてるってバラすって脅すっていうのは?有効?」
そうくると思った、と、志波は思わずにやりとする。
「残念だけど、俺、気づいちゃったんだよねえ」
口元にあてていた指を、すい、と千尋を指すようにして伸ばす。
「おまえ、それを"誰"に話すんだ?」
「!」
千尋の表情が、一瞬にして引き締まったものになった。
予想通りの反応に、僅かに心がわくわくと膨らむ。
――――-千尋に、そんなことを話せる友達などいない。また、彼女の言葉に真摯に耳を貸し、信じてくれる人もいない。せいぜい姉の藤篠百花くらいなものだろうが、だからといって彼女に何ができる?
おそらく唯一近しい存在だった明にも、今回の件で話せなくなって。孤立無縁もいいところ。
なぜそう言い切れるかといえば……志波はずっと、見てきたからだ。
この数ヶ月、彼女がここに初めて来たときから、この藤篠千尋を。ずっと。
…………おサダの、孤独を。
「じゃ、じゃあ怪文書作る。いろんなとこに貼ったり配ったりして――--」
「バァカ。自慢じゃないが、俺が普段どんだけバカに見せる努力家か知らねえだろ。 あんなにいっぱい漢字しらねえよ(笑) だよねー(笑) が関の山だ」
自分で言って、少し傷ついた志波だった。
「お金、いくら。分割で払ったらダメ?」
お財布を手にした千尋に、志波はダメ、と言って、手元にあった紙にさらさらと金額を書きとめた。
見た千尋の目が、すだれ前髪の向こうで見開いたのがわかる。
「なんなら、体で払ってもらっても、いいけどな」
あくまで冗談として、マンガか何かの悪役気取りで言った言葉に、千尋の目がさらに丸くなって、そして、ぶふっ、と吹きだす声が聞こえた。
「ぶは、あははは、あはっ、か、体!」
突然の千尋の笑い声に、志波は一瞬面を食らった心地になり、そしてついにはつられて口元がゆるむ。
自分で言ったことながら、いくらなんでもそれはないだろう、と思えたからだ。
「志波、ちんちん勃たないよきっと。それでもいいなら体で払うよ」
「本気で言ってんのか?俺はやろうと思えばやっちまえるぞ……多分」
お互い冗談めかした声と言葉。だから、まさか次の瞬間に、あんな千尋の姿を見るとは思ってもみなかった。
「いいよ。さっさとすましてね」
そう言って、千尋は制服のリボンを外しはじめた。
慌てたのは志波の方だ。
「ま、待て!待てっ」
駆け寄るには机が邪魔で、千尋まで四歩、その間に何度か体をぶつけ、机の上の書類やらを床になだれ落としながら、志波はようやく千尋の手を止める。
「バッカおまえ、冗談だよ!ていうかなんで平気なんだよ、おまえが好きなの明だろ!?」
「? そうだよ?」
シャツのボタンに手をかけたままの千尋が、きょとんとした顔で志波を見上げた。
そんな顔をしてやりたいのはこっちの方だ、と、志波はいっそう苦々しく顔をゆがめる。
「だったらなんでそんな簡単に……っ」
「だって、これで明先輩のこと、なんとかしてくれるのでしょ?」
清々しい表情だった。
――――別の誰かに体を開くことさえ、明への恋につながっているのだと。
そんなことを言いたげな、何の疑問もない瞳は澄んでいて、そのことが、志波の心を傷つけた。
「…………やめた」
「え!」
志波はくるりと踵を返して、千尋に背を向けた。
なんとなく、もうその千尋の姿を見ていたくなかったからだ。

――――誰の視線に怯えることも、誰の言葉に耳を貸すこともなく、ただひとり、立っていたおサダと呼ばれる彼女。
その彼女の中は、こんなにも明で満たされていて。
この部屋を見つけたのも、明のため。
あの窓からいつも眺めていたのも、明のため。
あの日曜、あんな姿をしたのも、明のため。
今日、飛び込んできたときの、あんな表情をするのも、明のため。
なんてことはないのだ、という顔で体さえ開くのも、明のため。

…………じゃあ俺は、なんのために、彼女とここにいるのだろう?
そんなこと、これまで誰に対してだって、思ったことなどなかったのに。

くらくらと、眩暈のように視界がまわる。
実際はきちんと立っているのに、まるで世界が頼りなく、足が床に沈むような感覚にとらわれた。
「志波……?」
上履きがキュッと鳴り、千尋が一歩近づいた音で、志波はハッと我に変える。
いつもの椅子に深く腰掛けて、息を吐き出した。
「なんでもねーよ」
乱暴に言って、机の上のメモを手にとる。
さっき千尋が言った話を書き留めたものだ。
それと千尋とを交互に見やって、志波は二度、頷いた。何かを決意したように。
「いいよ。調べといてやる。しかも無料サービス」
「ホントに!?」
千尋の両手がドン、と乗って、机を揺らした。
志波はいつもの志波らしい、どことなく冷めた瞳をして、にっこりと笑う。
「言っただろ、協力してやる、って」
「…………」
あのデートの翌日、この部屋で言った言葉をなぞった志波に、千尋はやはりあのときと同じ、訝しげな表情を一度させて、それでも緩む頬に、喜びを隠せない様子だった。
志波も微笑む。
それが、これまでの志波とはもう違う微笑なのだと、千尋が気づくことはなかった。

前頁へ 次頁へ
  このページのトップへ
小説一覧へ
   
     
サイトマップ サイト概要 お問い合わせ  
Copyright(c)2004 - Kurenoaka. All Rights Reserved.