呉ノ朱

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鷺ノ宮学園には、こわいものがふたつ、ある。

ひとつ。――――――恐怖新聞。
誰が書いているか誰も知らない。
内容は、誰も知らない誰かの秘密であったり、時には学園のマドンナのスキャンダルであったり。
不定期に発行される、いわば学園のゴシップ誌。時に正規の新聞としての役割も果たすそれ。
一枚、50円。

そしてふたつめは――――――………


「キャアアアアアアアア!」
「ギヤアアァアアッ!」
志波の股の間に顔を埋めていたクラスメイトが叫び声をあげたのは、驚きと恐怖からで。
志波が叫び声をあげたのは、クラスメイトの犬歯がとある場所に突き刺さりかけた、激痛からで。
クラスメイトが駿足ともいえる速度で去っていくのを追うように、チカチカと痛みで点滅する視界をあげて、そこに立っていた人物に、志波は瞬間、再び叫び出しそうになった。
「お化……け……っ!!」
誰も来ないはずの、旧校舎の歴史資料室。埃の煙るその部屋に、ぬうっとした姿で立っている、前髪を長く伸ばした日本人形のような立ち姿の少女。
生気の感じられないその少女の幽霊は、なぜか高等部の制服を着て、ドアの前に立っていた。
「………見つけた」
低い、鼻にかかったようなクセのある声。
切りそろえられた前髪の下からわずかにのぞいた唇が、にやりとゆがむ。
どこからどう見ても、立派なホラー映画の1シーンで、志波はおそらくこのまま、とり憑かれて明日あたり、探偵役の登場を待つはめになるのだと、確信さえ、した。
多分、はたから見たら相当間抜けだったろうと、思う。
さっきまでさくらんぼの唇が包んでいた股間をまだ屹立させたままで、チャックの隙間からしまうことも忘れて、呆然と「それ」と対峙している志波の姿は。
近づいてくる「それ」とは逆方向から、薄情なクラスメイトは志波一人を残し、飛び出して行ってしまった。
一歩、また一歩と「それ」が近づいてくる。
その、どちらかといえば華奢で小柄な身体に足があることに、志波は驚いていた。
――――--の、呪い殺される。
本気で死を確信した志波のすぐ隣まで「それ」はやってきて、つい、と、手を伸ばす。
「………………っ!」
思わずたじろいだ志波を一瞥して、しかし「それ」は志波の隣、古びた巨大な歴史年表がつるされた壁に手のひらをあてた。
「ちょっ、だ……!」
だめだ、と言う間も与えないうちに、志波は思わず立ち上がり、「それ」の肩をつかんでいた。
――――-ん? 幽霊ってつかめるんだっ、たか?
歴史年表がめくれて、その後ろに小さな空間が、見える。
「やっぱり、ここだった」
幽霊の少女はまたにやり、と、あのいやな笑顔を浮かべて志波を振り返った。
――――-見つかった。
ここは、生徒はおろか担当教師ですらまずめったに訪れない、忘れられた旧校舎の歴史資料室。というよりは資料の倉庫。不用品の墓場。
その部屋の、天井から吊るされた埃をかぶった歴史年表(よく黒板とかに吊るして説明するアレだ) の背後に、実は小部屋が存在するだなんて、志波以外きっと、誰も気づいていなかっただろう。
けれど、この幽霊のような彼女は、見つけてしまった。
「………しまったら?」
いろいろな意味で愕然とした志波の、ようやくしぼみはじめた股間を指差して、「それ」はあきれたように言った。
彼女の名前をおサダというのだと、志波が知ったのは、その次の休み時間のことだ。




それが、つい二ヶ月前の話。




「なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「何を?」
なぜだかおサダ――-こと、藤篠千尋は、いつのまにかこの、"秘密の部屋"に入り浸るようになっていた。
今日もまた、窓の外へと双眼鏡を向けて、何かを熱心に、観察している。
4畳に少し足りない、狭い部屋。
昭和の遺物に違いないボロボロの布張りのソファーと、これまた年代物のデスク。そこにノートパソコンを置いて、志波はある目的で、この部屋を使っていた。
そのことを千尋が気づいているのか、いないのか、それはわからない。
ともかく、志波は志波の目的をもってこの部屋を使っていて――――千尋には千尋なりの理由が、あるようだった。
志波の理由は、ひとつだけ。

鷺ノ宮タイムズ――――通称"恐怖新聞"と呼ばれるいわゆるひとつの校内新聞。
学園には認知されていない、既に廃部した"新聞部"の唯一の部員にして編集長であるところの志波は、この部屋で、一人ひっそりと、その原稿を書いている。
どうしてこの、めんどくさがり屋であるところの志波がそんなことをする気になったのかといえば、まずそもそも唯一の新聞部員としてさほどおもしろくもない学園新聞を作っていた生徒というのが存在して、彼の卒業に伴って表向きは廃部となった新聞部を、ただ一人の幽霊部員だった志波がひっそりと引き継いだから、という理由と――――――とにかく、退屈でたまらなかったのだ。
――――――-人の秘密を、暴く。
こんな楽しいヒマつぶしが、他にあるだろうか?
そして平凡な学園生活にもうひとつの衝撃を与えてくれたのが…………この、おサダだった。

二ヶ月前のあの日、千尋にこの部屋を見つけられたとき、志波はそれまで彼だけのものだった秘密を、明るみにしなければならなくなってしまった。
ここで、新聞を作っているのだ、ということ。
そのことは誰にも秘密である、ということ。
もしもおまえが何かネタをにぎっているだとか、もしくはイジメにでも遭っているのであれば、ソースを用意してこい、取り上げてやる、と。

鷺ノ宮タイムズは別に、志波ががんばって取材をしたりだとか、命からがら写真を撮ってくるとかいうものではない。
不定期で発行される紙面の奥付部分に、一行書かれたメールアドレス。
そこに届くメールは、記事にされた人間からの「殺してやる」だとか「謝罪文を出せ」とかいう脅迫が半数、そして、「助けてください」「これはスクープだと思う」というタレコミが半数、だ。
志波がやる仕事といえば、それとなくそのネタの信憑性を確認し、事実確認を行い、時に盗撮や盗聴を行い、記事にする、だけ。
ちなみに、今回の特集は「学園のアイドルを追う!」で、千尋が用意した写真は、おそらく鷺ノ宮創立以来の人気女子生徒、" 藤篠百花" の着替えシーン、だ。
「実の姉の写真を売ってまで、金、稼ぐかね……」
「うん!」
呟いた志波の言葉に、うふっとでも言わんばかりの満面の笑顔(と言っても目のあたりは前髪で隠れて見えないが)で返した千尋が意外にも可愛らしく思えて、志波は慌てて、目元をごしごしとこすった。
…………疲れているんだろうか?

さて、志波がこの部屋にいる理由はそんなところだ。
だが、千尋がこの部屋を見つけ、そして結構な頻度でこの部屋を訪れる理由。
たまにこうしてバイトとして写真を撮ってきてもらう以外の、彼女の理由。
それは二ヶ月が経過したいまでも、まだ、わからない。

「その双眼鏡の向こう。何が見えるんだ?」
「そんなに気になるなら、見てみればいいのに」
そう言いながらも、千尋は志波を振り返りもしなかった。
志波だって、そんなことくらいとっくにしている。
けれど、そこから見えるのは校舎裏、部室棟の曇った窓と、枯れた緑ののぞく温室。たいしておもしろいものなんか、ない。
だから、気になるのだ。
志波にはごく平凡な学園風景にしか見えないそこに、彼女は何を見出しているのか。
「好きなやつでもいて、ストーキングしてる、とか?」
「発想が貧困だね。もっと柔軟な思考を身につけたほうがいいって言いたいところだけど、まあ残念ながらそのとおりだよ」
千尋はいつも通りの彼女らしいへんてこな言葉遣いをして、やれやれとでも言いたげに、首を振った。
――---相変わらず人の神経をつつくのが上手なやつだ。だからおまえ、友達いないんだぜ ――そんなことを思いながら、ふと気まぐれに、千尋の隣へと行く。
「邪魔です。邪魔ですよー」
「おまえに好きなヤツ、ねえ」
ぐいぐいと身体を押しのけて、双眼鏡をひったくると、さっきまでの角度を思い出しながら、わずかに緊張する心地で双眼鏡を、のぞいた。
「…………?」
温室と、部室棟。少しずつ夕暮れの茜に染まり始めたそこに、特におもしろいものなど映ってはいない。
それどころか人影すら、ない。
それでも角度を変えたり方向を変えたり、と、悪戦苦闘している志波の肩にぽんと、手が乗った。
ぽん、というのは語弊がある。多分、ひやり、とか、ぬたり、とか、そんな感じだ。
「冗談だってば」
「……………………」
まるでガッツポーズでもしそうなほど満面の笑顔の千尋が、言った。
志波は一度千尋を見て、双眼鏡を返す。多分、呆れ果てた目をしていたのだと思う。
非常に脱力してそのまま、千尋の背後、ソファーに寝転んだ。
スプリングが死滅したソファーは、ギシギシと軋んだが、それでも志波の身体をちゃんと包んでくれる。
「……じゃあどんな理由があって放課後のたびに観察を続けていて、ここに来てるか、それくらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」
「やーだよー」
視線を注いだままの背中は明るく言って、心なしか楽しそうにさえ見える。
「もしかしてさ、俺のことが好きで、だからここに来てる………とか?」
からかうつもりで言った言葉、だった。
だが、千尋は沈黙した。
志波は思わず身体を起こして、その緊張しているようにさえ見える背中に視線を注ぐ。
「お、おい………」
本当に何気なく言った言葉、だったのだ。
申し訳ないが、志波はもてる方だという自覚はあったし、特定の彼女は作らないというポリシーの元、それでもいいとひとときの楽しい時間を提供してくれる女友達だって多数、いる。
――---だがまさか………コイツが!?
二学年年下にも関わらず、先輩に対する敬意などかけらもなく、どちらかといえばいつも俺をコケにして遊んでいるかに見える、この"鷺ノ宮の幽霊"と呼ばれる、コイツが?
「そ、そそそそんなこと、あるわけないでしょ!くだらないこと、言わないでよっ!」
誰がどう見てもわかるほど狼狽した声でそれだけ言って、千尋は振り向かなかった。
いまの言葉は、誰がどう聞いたって、肯定にしか聞こえないと、思う。
ええええええ――――――――――!
こういうとき、どういう顔をすればいいのか、どういう返し方をするのが最も的確であるのか、あまりの驚愕に、宇宙の果てまで飛んでいってしまった志波は、沈黙した。
千尋は黙りこくったまま、もう双眼鏡を見てはいない。
志波の言葉を待っている、ということだろうか。
「ほんとうに好き、なのか………?」
ごくりと、喉が音を立てた。
それを確認して、どうするつもりなんだ、俺。
落ち着け、俺。
そもそも、こういう真面目な告白は、片っ端から断ってきたじゃないか。
理由、「めんどくさくなりそうだから」
だが、いまはどうだろう。こんなにもめんどくさそうな女が他にいるか?
もし万が一、まかり間違ってコイツの告白を受け入れたと、する。
ルミちゃんは、サオリは、タカコは、ジェニファーは、ニシムラさんは……どうする!?
俺は多分、校内の奇異の目にさらされ、もはやその後、平穏な学園生活を送れるはずもなく、もしかすると今後控えている大学生活にすらそれは影響を及ぼし…………。
うん、断ろう。
間違いなく、断ろう。
だって俺、別にコイツのことなんか好きでもなんでもないしな。
ないよな?
ないはずだ。
ないぞ。
多分、ない。
いや、ありえないだろ。
「………志波」
一瞬にしてスペクタクルな思考を展開した志波は、かけられた声に振り向いて驚いた。
千尋がこちらを振り向いていたからだ。
しかも、もじもじと、はじらって。
――――--ハッキリ言って、気持ちが悪い。
「あ、あああのなー、おサダ」
何をどう切り出せばいいかもわからずに、震える声でソファーにはりついた志波を、千尋が見下ろしていた。
ワオ、ちょうどよく、窓からは夕焼け。
なんて素敵な告白シチュエーション。
それでも多分、この場面を目撃した人間は、学園モノサスペンス、あるいはホラー映画を思い浮かべるに違いなかった。
一度、ためらうように唇を噛んだ千尋が、ようやく顔を上げて、志波を向いた。
「だから冗談、だってば」
「……………………」
まるでガッツポーズでもしそうなほど満面の笑顔の千尋が、また言った。
唖然とした志波を尻目に、千尋はスカートを翻し、とっとと部屋を出て行ってしまった。


「なんなんだよあいつ!」
志波は力なく、ソファーに崩れ落ちた。緊張を強いられていた心臓は、まだ早鐘を打っている。
埃っぽいソファーにうつぶせに顔を沈めて、ふと、床に落ちたままのそれに気がついた。
千尋が忘れていった、双眼鏡、だ。
なんとなくそれを手にとって、覗き込むと、景色がさっきまでと違っていることに気づいた。
倍率が、上がっているのだ。
「いままで倍率下げてやがったな……」
これまでにも何度か今日のように、双眼鏡をひったくったことは、あった。
おそらくその度に彼女は、わざと倍率を下げて、この景色が見えないようにして…………。
志波はゆるゆると立ち上がると、いつも千尋が立っている窓辺の低位置に、彼女の背丈を思い出しながら立つ。
しばらく、調整を繰り返しながら、丁度よい角度を探す。
より近づいた枠の中の風景。少々眩暈がするようなそれをじっと眺めているうちに、古びたガラス張りの、ツタの絡まる温室をとらえた。
温室の中に、人影が映る。
「……園芸部……?」
一人の男子生徒が、そこにいた。
そのまま、その影を追うようにしばらく眺めていると、エプロンをつけて、懸命に土いじりをしていたその生徒が、ふと、顔を上げる。
笑顔になる。
その笑顔の先を追えば…………そこに、藤篠千尋が、いた。
志波は目を疑った。
その、藤篠千尋その人は……いままでに見たことのないような笑顔をして、その温室の主を見つめていたから、だ。
「まさか……なあ?」
志波は少し、笑った。
ぞくぞくと、戦慄のような期待が背中を駆け上がってくる。
彼女と知り合って、二ヶ月が経って、志波は、あるひとつの決意を固めていた。
"今日暴かれる!!鷺ノ宮の幽霊、おサダの素顔!"
その記事を書けたなら、このブン屋ごっこも終わりにしようと。
いかにもな安いタイトルではあったけれど、とにかくそう、決めていたのだ。
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