呉ノ朱

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  30度の傾斜角
  八.  
30度の傾斜角
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「1864年の禁門の変……ここはテストに出す」
こうして藤篠の授業を受けるのも残り僅かだと、白倉はその横顔を見つめていた。
もしかしたなら自分は彼女の最初の生徒で、そして、最後の生徒になるのかもしれなかった。
白倉の家と婚姻を結んでなお、彼女の父親が教師を続けさせるとは思えなかったからだ。
瞬間、藤篠の視線が自分に向けられた。
白倉は微笑んだ。
彼女は逸らした。
何百回と繰り返され続けてきた、いつものことだった。
逸らした頬が紅潮しているように思えるのは、錯覚だ。願望だ。
「その年の末、高杉晋作が挙兵し……」
白倉は、机の下で自分の携帯電話を開くと、コールボタンを押した。
ポケットに入れた、もう一台の携帯電話が着信を知らせ、一度だけ振動する。同時に、その振動に反応したように、教壇の上の藤篠の様子が変化した。
「あ……っ!?」
白倉は藤篠から目を逸らさずに、密かに安堵していた。
数日前、彼女の身体の中に仕込んだものは、携帯電波を受信して着信を知らせるための超小型電流装置。
白倉が経営戦略を担う会社に持ち込まれたものだ。
本来はアクセサリーや腕時計などに仕込み、知覚的な障害を持つ人間にも着信を知らせやすくするという、まだ実用化には至っていない特殊な技術を集結させた一枚のチップ。
特殊な形状コーティングを施したそれは、数日間彼女の肉壁を噛んだままで、いま、こうして役割を果たしてくれた。
既に排出されてしまっている可能性も、作動しない可能性も多いにあった。
だからいまこうして目の前でその効果を見て、安堵と同時に高揚を覚えていた。
「高杉晋作は……長州藩の権力を……」
藤篠の言葉が途切れる。
周囲のクラスメイト達は、所詮授業など上の空だ。まだ誰一人、彼女の変化には気づかない。
だから、白倉だけが藤篠を見ていた。
「これを……正義派の……成立と……っ」
藤篠の視線がようやく自分へ向けられた。
睨みつけるような、強い強いそれ。
憎しみでもうよかった。彼女に見つめられていることが嬉しくて、声を震わせる藤篠がいじらしくて、白倉は笑みが歪むのを堪えた。
「あ、ぁ……!」
ついに、声が漏れた。
初めて、数人のクラスメイトが顔を上げた。
藤篠は教卓に隠れるようにしてしゃがみこんでしまった。
白倉は立ち上がる。
「先生、どうかされましたか」
どうかしているのは、自分だ。わかった上でこんなセリフを吐ける自分が滑稽ですらあった。
足早に近づいて、教卓をのぞきこむようにして藤篠を見る。
しゃがみこんだ藤篠が、潤んだ瞳で見上げていた。
――――ああ。あの朝の彼女の表情だ。
スカートを破り、しゃがみこんでいた五年前の彼女と、なにひとつ変わらない、すがる視線がそこにはあった。
胸が、熱くなった。
手を伸ばして、藤篠の腕をとる。世界中の誰よりも彼女に優しくしたかった。
藤篠は……自分の腕を振りほどかなかった。
ワイシャツを通じて伝わってくる彼女の熱が懐かしくて、暖かくて、掴まれた腕が切なく痛い。
そうして抱き上げた彼女の身体は、五年前にはきっと抱き上げることなどできなかった重みを持っていた。
「自習を続けていてください」
白倉はそう言って、逸る気持ちで教室を後にした。
授業中の廊下は静まり返っていた。
他の教室の窓から見えない角度を狙って渡り廊下へと出ると、保健室とは反対方向へと足を急ぐ。
「大丈夫ですか、先生」
白倉はくすりと笑った。
見上げてくる藤篠の視線は、相変わらず敵意のこもったものではあったけれど、もうなんだってよかった。
腕の中に藤篠がいて、自分を見つめている。
「僕は先生が御自分から求めてきてくださるのを待っていたのですが……それも叶わないようなので、仕方ない。作戦を変えようと思いまして、ね」
これでもうあなたを諦めるんです、とは言わずにおいた。
「許してください」
これが最後ですから、とも、言わずにおいた。
だが、藤篠の耳には白倉の言葉など少しも浸透してはいないように、彼女はちらり、と窓ガラスを見やった。
すると赤らんでいた頬をさらに紅潮させて、心底はずかしそうにうつむいてしまう。
廊下の窓ガラスには、まるで少女漫画か恋愛ドラマのワンシーンのような自分と彼女との姿が映し出されていた。
同時に、まほうのかばんだ、と言った彼女の声が蘇って、白倉は、藤篠一乃という人間の本質をあらためて悟る。
「――まるであなたを守る、騎士にでもなった心地ですよ」
選んだ言葉を伝えると、藤篠は瞬間、白倉を見上げて、耳まで朱を差す。
それは本心だったが、同時に、決してそうはなれないことも白倉はわかっていた。
「馬鹿を言うな。せいぜい、魔王だろう?」
だから、藤篠が初めて冗談めかして笑って言ったその言葉は、あまりにも的確だった。
「そうですね」
あまりにも的確で、おかしくて、かなしくて、けれど藤篠が自分に対して冗談を言ってくれたのは、こんなふうに笑ってくれたのは初めてで、白倉は思わず、声をあげて苦笑した。
藤篠が、笑っている。
本当は極々普通のことで、日常のはずで、けれどずっと自分と彼女の間には欠落していたそれが、いまとなってここにあることも、おかしくて、嬉しかった。
気がつけば、生徒会長室の扉の前に立っていた。
「けれどそれでも貴女は、僕のお姫様だ」
藤篠を抱いたままドアノブを押して、後ろ足でドアを閉める。鍵を閉じる。
本当はいつまでも抱いていたかった身体を、そっと会長机の上に横たえた。
バサバサと書類が床に広がった。が、それがどれほど重要な書類であろうと興味はなかった。
はやる気持ちで、ネクタイに手をかけ、彼女に見せつけるように、ゆっくりと緩めた。
「よく言う」
もう藤篠には、これから何が起こるのか、十分わかっているようだった。
人は慣れることができる。だからか知れないが、藤篠は白倉の言葉に苦笑した。
仰向けに寝転がったままの藤篠の臀部が電流に合わせて揺れていた。
彼女はもう、抗わなかった。
「これで……満足か」
ただ睨むことで、微かな抵抗を伝えていた。
「満足させていただくのは、これからです」
白倉は微笑んだまま、彼女のズボンの膝から太腿、そして腰までを味わうように手を滑らせた。
ウエストのホックを外し、ズボンを引き下ろす。
そして微かに目を見開いた。その下に、藤篠はパンティストッキングしか着けていなかった。
「驚きましたね」
白倉が表情を変えたことに、藤篠もまた、声にならない小さな叫びをあげた。
だが、白倉はそのまま湿ってジャリ、と鳴る感触のパンティストッキングの上から、秘所に触れる。
顔を近づけて、歯を立てた。
む、とこもった藤篠の匂いが肌を撫でる。白倉もまた、痛いほどに屹立していた。
パンティストッキングがひび割れのように穴を作り、そこから急くように指で引き裂いた。
「外して、ほしいでしょう?」
股座から、藤篠を舐めるように見上げた。
一言でいいから、彼女の口から聞きたかった言葉があった。
けれど、藤篠は一度口を開き、そうして躊躇うように唇を噛み締めると、
「……好きにしろ」
とだけ、言った。
白倉の中で沈んでいたはずの酷い感情が、むくりと鎌首をもたげる。
白倉はくすりと笑った。
結局、どこまでも自分と彼女はこうなのだ。
「かたくなな」
微笑んだまま、少し冷たく言い放って、白倉は指を舐めた。
藤篠の秘所を伝って滴り落ちている愛液に絡ませると、ひくついて口を開いてさえいるアナルの襞に触れた。
指は吸い込まれるように、彼女の中へと収まっていく。
「ひ、あ……!!」
藤篠の身体がのけぞったのは、苦痛からではないと、びくびくと波打つ彼女の太腿が教えた。
「――先生、童話の原話は大概残酷です。御存じありませんでしたか?」
指は簡単に呑み込まれて、浸み出した腸液で肉壁はぬるりと滑る。
指の腹の先に、ビリッ、と、微かに痺れるような感覚が走った。
数日の間体内に置かれていたそれは、おそらく一部を損傷して漏電していた。
これではさぞ、強い刺激だっただろう。……かわいそうに。
「例えば囚われの姫が魔王に陵辱されてしまうとか」
片手で悟られないように、ポケットの中の携帯電話のボタンを押した。
機能を終えたそれを、カリ、と指で掻いて取り外す。
「は……は、ぁ……」
指を引き抜けば、藤篠が、肩で大きく息を吐いた。
会長机に寝転がったまま、大きく広げられた足の間に立つ白倉を、藤篠は見下ろした。
「どうしてこんなことを……!」
――――そうやって責めるのに、ここから逃げないのはなぜですか?と、白倉は問いたかった。
自分を責め、嫌悪しながらも、藤篠は逃げなかった。
彼女が真実本気になったのなら、いくらでも策はあったはずなのに、彼女は結局、自分に従った。
自分の与える苦痛と、嫌悪に従った。
――――せんせい、それはなぜですか?僕の方が、知りたい。
「どうして?それはこれからわかりますよ、先生」
白倉は取り出したチップを指で押しつぶすと、引き出しへと手を伸ばした。
見せつけるように、ローションの入ったボトルと、局部麻酔のゼリー薬を取り出す。
藤篠は、逃げない。白倉の指を、行為を待っているようにさえ見えた。
蹴り倒して逃げることだって、できるはずなのに。
だから白倉は、やめなかった。
「これが何だかわからないといった風ですね」
「麻酔……!?」
身体を起こした藤篠の肩を掴んで机へと押し戻すと、指に乗せたそれを丹念に塗りこんだ。
「そ…んな……とこ……」
すっかりとやわらかくほぐれているそこは、白倉の指を悦んで迎い入れる。
「ひっ、ひ……ぃっ!」
「痛みは感じないはずですが」
本能的な恐怖だろうか、藤篠の腰が逃げる。掴んで引き寄せた。
「先生は処女、ですね。ならば僕がそれを奪うにはあまりにも忍びない」
確認するように言った。否定する声は聞こえなかった。
そう思えば、もうたまらない。指で腸壁をなぞる。
「藤篠の御長女なのですから、いずれ嫁ぐ男に疑われるようなことは……ね」
「そう、思うなら……っ!」
あぁ、と、喘ぎがあがった。そこにもう、痛みを思わせる悲痛な響きはどこにもなかった。
「ですがそれでもあなたが欲しい」
言葉に吐息が混じった。
どれだけ、この瞬間を思ったか知れない。想像の中にしかなかった快楽が、もうすぐ目の前にあった。
白倉は机の上へ膝を乗せる。ジッパーをおろし、先を濡らすほどに滾ったそれを取り出す。
「ま、さか……!」
指を引き抜いて、先端を添えた。自分のぬめりと彼女のぬめりとが混沌とする。
細かく波打つ襞が、いまにも呑みこみそうに口を開けて誘っている。
藤篠の瞳が大きく見開かれ、自分と彼女とがいままさに繋がろうとしているその一点を見据えていた。青ざめた表情で。
「ああ、やっと絶望してくださった」
身体を起こそうとした彼女の肩口を強く、机に押し当てる。
不安げに寄せられた眉根に、それだけで絶頂してしまいそうな興奮を覚えた。
こんなところを犯される恐怖を、屈辱を、藤篠はきっと忘れない。自分をきっと、許しはしない。
傷ついた藤篠に、次兄の優しさはおそらくよく染みる。二人は似合いの夫婦になるだろう。
そして自分は彼女の中でいつまでも、じくじくと膿んで消えない記憶で在り続ける。
何よりも、自分は藤篠を犯したい。これが最後ならば、せめて身体だけでも繋がりたい。
そして彼女は自分の中でいつまでも、じくじくと膿んで消えない存在に昇華する。
だから、これでいい。ふたつの願いが同時に叶うのだ。なんて――――喜ばしい。
片手で両足首を掴み、高く上げる。
「いやだ、や、め……っ」
藤篠の目が大きく、戦慄に見開かれた。
ねえ、おばあさんの目は、どうしてそんなに大きいの?
――――それはね。

狼に食べられてしまう少女の童話を、ふいに思い出しながら、彼女に"ようく見えるように"、広げた股の間にそれを差し込んだ。
「僕はね、嘘はつかないんですよ」
先端が襞に触れる。ついに、彼女とひとつになる。
「あなたを犯すと言ったでしょう」
――――それとも先生は、また、忘れてしまいましたか?
「あ、ぁ……あ!!」
吸い込まれるように、藤篠の中に白倉が侵入した。
きつく締まるのは入り口だけで、押し入ってしまえば空洞の内部は、けれどうねる肉をもって、白倉のそれを歓迎する。
拒絶はなかった。
半分ほど押し込んだところで、白倉は、上から藤篠を見下ろす体勢のまま、彼女の肩口を机に押しつけていた腕を伸ばした。
そっと、髪に触れる。
「ようやく……繋がられた」
声に出せば、切なかった。
閉じたカーテンの隙間から差し込む光が、藤篠の顔にラインを作って、歪む瞳を縁取る睫を輝かせていた。
「は……、ぁ……っ!」
白倉はゆっくりと、律動する。
藤篠の肉が擦れて自分のものを刺激する。なまぬるい体液で滑る。襞が包む。
そのどれもが、腰の奥を痺れさせるような快感。想像していたものとはまるきり違う。
「う、動く……な」
「動かなければ終わりませんよ」
藤篠の喘ぎと、自分の吐息とがまざりあう。
息と、熱と、肉の質感とがないまぜになって、白倉の頭の奥を霞ませる。
「凄い締めつけですね、先生」
白倉の性器と、藤篠の性器ではないそことが繋がっている。
繋がっているのに、繋がれない。
自分と藤篠とは、いつもそんな関係だった。
藤篠が苦しそうだったので、白倉は指でクリトリスを摘んだ。
高いソプラノが喉から漏れて、反響する。
「あぁっ!あ、あっ、あ……」
「いい声だ」
忘れられなかった声。ずっと聞きたかった声。
いまそれを奏でさせているのは、導いているのは、あの日のピアノに乗せた指ではない。
――――私の心におそれを教えたのもあなたの恵み。
――――私の心をおそれから解き放ったのもあなたの恵み。

耳に聞こえているのは、部屋に響いているのは、肉と肉とが擦れて奏でる、淫靡で猥雑ないやらしい音のはずだった。
それでも白倉の中で、懐かしいメロディが、あの日の声で蘇る。
「達きます」
「あ、あっ、ひっ……!」
夢現の心地で藤篠の秘所をまさぐり、白倉はさらに激しく、藤篠の身体を揺さぶった。
「あ、だめ、だ……めっ!」
悲鳴ではなく、艶を帯びた声でそう言って、藤篠の腕が伸びる。
甘えせがむ子供のように白倉の肩へとしがみついて、強く、引き寄せられた。
藤篠に抱きしめられたことで、胸は切なく、甘く締めつけられる。
脊髄を駆ける快楽が白むほどの喜びが、そこにあった。
「……反則ですよ」
白倉もまた、呼応するように藤篠の身体を抱きしめた。
これが彼女に触れる最後だと決めたのに、最後にこんなにも藤篠が愛おしい。
童話に出てきた狼も、もしかしたならこんな気分だったのだろうか。
愛しくて、愛しくて、彼女をみんな、食べてしまいたい。
猟師に撃たれても、腹に石を詰められ沈められても、いま、この瞬間があるならそれでいい。
藤篠の喘ぎが速度を上げて、耳元であの日と同じ音を響かせる。
――――世界はまもなく滅んで、太陽は輝きを失うだろう。
――――けれど、私に呼びかけてくれたあなたは、永遠に私のもの。

いまだけは、永遠に私のもの。
行き場のない思いを吐き出すように、白倉は藤篠の中に、放出した。
「っ、――ぁっ!!」
藤篠の腕にいっそう力がこもって、白倉は藤篠の腕の中にいた。
くちづけひとつ交わしてはいないのに、まるで恋人同士のように抱き合ったまま、藤篠の手は白倉の背中を握りしめたまま、離れていかなかった。



やがて、熱が去った後の藤篠が、ぽつりと言った。
「私は……おまえのお姫様なんかじゃない」
声が震えているのは、自分が酷いことをしたからなのだ、と、白倉は思った。
おそれるように、白倉は藤篠の髪へ手を添える。
彼女は、拒まなかった。
手のひらで、黒い髪を撫でる。どうしてだか、そうしてやりたかった。
八歳も年上のはずの彼女が、まるで年端もいかない少女のように見えた。
身体を重ねた恋人たちは、みんな相手をこんなふうに優しい気持ちで見ているのだろうか、と、髪を撫でて、そうして白倉は少し、拳を作る。
「……僕もあなたの王子様ではないでしょうね」
髪の束を握った手を追うように藤篠が自分を見上げて、瞠目していた。
「いずれあなたの元にはお城からの招待状が届くでしょう。そしてあなたは王子に出逢う。ふたりは結婚し……幸せに暮らす」
藤篠は怪訝な顔をさせていた。
彼女はまだ何も知らないのだと、白倉は悟ることができた。
――――あなたは僕を愛していない。だから魔法はかからない。
藤篠から離れて、すっかり乱れてボタンも外れてしまっていたワイシャツを着直す。
さっきまで彼女の手が強く握ったワイシャツは、指の形に皺を寄せて、それを見ればなおさら切ない。
「僕はその前の一瞬、あなたを攫っただけの、魔王です」
白倉は、振り向くことができなかった。
振り向いて、次に彼女を見たのなら、もうきっと、くちづけてしまうだろうと思ったからだ。
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