呉ノ朱

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  30度の傾斜角
  六.  
30度の傾斜角
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翌朝、中庭を挟んで並ぶ廊下の向こう側で、黒崎と並んで歩く藤篠を見た。
――――藤篠は、笑っていた。
ごく自然に、おそらく他愛のない話をして、彼女は笑顔を見せていた。
自分には、決して見せてはくれなかった笑顔を。
白倉は、自分の表情が歪んだことに気づいて、ちらりと周囲を見渡した。
廊下には自分しかいなかったことを内心、安堵した。
昨日、自分があんな仕打ちをしても、彼女は何事もなかったように日常に戻り、笑うことができるのだ、と思った。
だから、躊躇うことをやめた。
もしもこのとき、藤篠が憔悴しきった青い顔をさせてとぼとぼと一人、歩いていたのなら、白倉は自分を止めることができていたのだろうか。
それとも――――悦んだのだろうか。
それすらもう、わからなかった。



「私には……お前がわからない」
その日の放課後、再びふたりきりになった生徒会室で、藤篠が言った。
そうでしょうね、と、白倉は思った。
「私を……好きだと、言ったかと思えば、こんなことをして……理解に苦しむ」
白倉はすっと静かな様で会長席から立ち上がった。
でしょうね、と、白倉は思った。
「理解していただかなくて、結構ですよ」
机を回って、藤篠の前へと立った。
そう、理解はいらない。共感もいらない。あなたには決してわからない。
「こういう人間もいるのだと、ただ認識してください」
そっと手のひらを頬に添えた。指が沈むほどに、柔らかい頬だった。
触れられて、藤篠は身体をびくりと震わせた。
「愛するが故に、あなたを貶めたいという偏執的な愛情を持つ人間も、いるのだと」
「……っ!!」
頬から首筋へと流れた白倉の手が、くっと頸にかかって力がこもる。動脈を強く掴まれ、藤篠が喘ぐ。
――――このままいっそ殺してしまえるなら、夏が来ても、また秋が来ても、彼女はもう、誰のものにもならない。
淡々とした感情だった。
藤篠だけが、白倉を狂わせる。
「僕は先生が僕にしか見せない姿を見たいのです。憤怒や苦痛、そして痴態、あなた自身でさえ知らない表情が、見たい」
五年が経って、白倉はもう藤篠よりも背が高くなっていた。
あの頃見上げていた顔が、いまは眼下にある。
白倉は顔を少し屈めて、首筋へと唇をあてる。そしてそれを吸い付けるようにして、少し、歯を立てた。
藤篠は、逃げなかった。
あれだけのことをされておいても、自分を根本から無視することができず、教師としての責務はきちんとこなす彼女がいじらしく、愛おしかった。
だから、錯覚してしまいそうになる。
もしかしたならまだ、愛される可能性があるのではないか、と。
「総てが……欲しいんです」
赤い跡を残して、首筋から離れる。
こんな跡は、数日で消えてしまう。それでは意味がない。夏が来てしまう。
藤篠は白倉の唇が触れた場所に指をあてながら、少し咳き込んで、呆然と自分を見ていた。
「どうして、私なんだ」
――――わからないでしょうね。
「他にいくらでもいるだろう!?私よりずっと優れている女も、綺麗な女もいくらでも!」
――――いるかもしれない。いたかもしれない。それでも、夕陽のたびに、あなたの面影が僕を支えてくれていた。
「いいえ、僕にはあなただ」
――――だから、忘れられなかった。憶えていた。自分だけがそうであったことが、どれほど悲しかったか、あなたには決してわからない。それでもあなたを目で追わずにいられないことが、美しいと思う瞬間があることが、どれほど僕を惨めにさせるか、わからない。
「自意識を押し殺しながらも毅然と美しく、倫理を人道を失うことができない、先生だからこそ、惹かれる んですよ」
右腕を上げて、指で藤篠の鎖骨のすぐ下にトン、と触れた。
あなたは僕を見ない。振り返りもしない。憶えてもいてくれない。
思えば思うほどに、僕の中であなたは美しくなっていく。
「あなたは美しい」
藤篠がどれほどそれを否定しようと。
指を滑らせて、顎を掴んだ。いつも逸らされてばかりいた視線が絡む。
「茶化すな」
そしてまた、逸らされた。
「僕の言葉はそんなにも信用できませんか」
溜息を混ぜて短く言うと、白倉は藤篠の逸らした視線の先から覗き込むようにして、顎に触れたままの指を 離す。
再会したあの日から、剥き出しの敵意しか向けられていなかった。
理由はいまでも、わからない。どうして彼女に嫌われなければならなかったのか。彼女にだけ。
藤篠は決して自分を見ない。だからどれだけの言葉を尽くしても、伝わることはない。
「……何度でも言います」
あれだけ非道いことをしておいて、いま、手を伸ばすのがおそろしかった。
そっと、手を伸ばして、華奢な肩を包んだ。
引き寄せる。
拒まれるかと怯えていたのに、羽のように軽く、藤篠の身体は白倉の手の中に落ちてきた。
「愛している」
精一杯の、心をこめた言葉。それは本当に真実だったから、言えば、胸が苦しく詰まる。
ほんの少し、自分よりも背が低い藤篠が見上げている。
その瞳は、薔薇色に輝いてはいなかった。
怯え、恐れ、疑惑。
眉根には皺が寄り、だから白倉はまた、絶望する。
彼女は決して、自分の愛など信じない。信じてもらえる日はきっとこない。
夏が来てしまうから、こうする他ないのだともう決めてしまった。
だから、彼女の理解も、また了解もいらなかった。


初めて見る彼女の裸は、カーテンを閉めた薄暗い部屋の中でも、十分に白く、発光しているようにさえ思えた。
机に手をついて、足を広げるように指示をした。命令だった。
葛藤の中にいて、それでも抗えない藤篠を、心底愛おしく思った。
普段、公務に使用している自分の机に手をついて、こちらに背中を向けたままの彼女に自然と跪いていた。
背後から、赤く充血したそこを舐る。
この上なくいやらしい行為をしているのに、敬虔な教徒のように静謐な気分だった。
「ひっ……あ……」
舌は蛇のように蠢いて、聖女を娼婦に変える。
唾液で濡らした中指をゆっくりと、菊門へ滑らせて、入り口をほぐした。
「あ、ぁっ……!!」
丹念にほぐしながら、指で適切な場所を探した。
……どんなことにも、保険は必要だ。ましてや彼女は自分を嫌っている。当然ながら。
指の先に載せたチップを、悟られないように彼女の体内に押し込んだ。
おそらく痛みがあったのだろう。びくりと反射的に、藤篠の身体が震える。
「そ、んなところ……っ!」
「痛かったですか?……ですが次はより痛いでしょうね」
差し込んだ指を菊門から引き抜いた。
目的を果たしてしまえば、あとは心置きなく、情欲に溺れることができる。
本当に、自分は心底最低な人間に違いない。
天国になど行けない。神に赦される日も来なくていい。
「いまからあなたを犯します」
わざと聞こえるように大袈裟に、ベルトを鳴らして、外した。
ずきずきと痛むほどに屹立したそれを取り出して、一歩、近づく。
「や、めろ!」
慌てて身体を起こそうとした藤篠の背中を、ダン、と上からの強い力で机に押し戻した。
――――せっかくの傾斜角が崩れてしまう。
「本当はずっと、待ち望んでいたのではないですか」
「違……やめ、ろ……」
白倉のそれはもう先を濡らしていた。
藤篠の充血した肌が、呼んでいる。上下に壁を擦れば、吸い込まれてしまいそうだった。
入れたい。差し込みたい。犯したい。蹂躙したい。
藤篠の背中が、粟立っていた。
それほどに恐怖しているのか、と思えば、また愛おしかった。
「動かないでください」
「い、やぁ、ああっ!!」
藤篠の、絶叫。
それは耳を裂くような悲痛な音で……白倉は、蜜壷を滑って襞を割り、太腿に挟まるような形で押し込んだだ けに留めた。
「――冗談ですよ」
言って、不意に笑いが漏れた。
叫ばれるほどに拒まれる自分が、おかしくてしかたがなかった。
「く……あはっ、はははは!」
笑いながら、藤篠の肩口を掴んで後ろにぐっと反らせた。
腰を律動させる。藤篠の襞が、肌が白倉のものと擦れて、絡まって、いやらしい音をたてている。
「くっ……くく」
「ぁ!あっ、あ……!」
ソプラノの嬌声。
色を帯びた、娼婦の声。
心ではこんなにも拒みながら、身体を自分の言いなりにされて抗えない藤篠が哀れで、惨めで、だから愛おしい。
藤篠の身体は、白倉の動きによく応えて、ぬめる質感が、柔らかな太ももの質感が、性感を高めてくれる。
「そんな声が出せるのではないですか……」
「んっ、あ、ぁ、ひ……あ!」
挿入しているのだと錯覚するほどに、後ろから突き上げる感触はリアルだった。
回した手で強く、藤篠の乳房を掴む。このまま引きちぎってしまいたいとさえ、思う。
「そろそろ、出しますね」
「え!?やっ……!」
射精の瞬間だけ、無理やりにでも挿し入れてしまいたかった。
真実、心から繋がりたいという思いと、ぐちゃぐちゃに穢してしまいたい衝動との間で、いつも、心は揺れる。
卵のように大切に包んで扱いたいと願うのに、コンクリートに叩きつけてしまいたい怒りがある。
それをぶつけるように、白倉は、射精した。
白く濁った精液が、会長机の側部にかかって垂れて、泣いているようだった。
ようやく白倉の身体が離れたことで、藤篠はぐったりと俯せに机に倒れ込んだ。
――――傾斜が、歪んでしまっている。
だからその後ろ姿、ひとつにまとめた長い髪を、白倉はぐい、と掴んで後ろに引いた。
「痛っ!」
髪を引かれる痛みに顰めた藤篠の横顔は、ぞくりとするほど美しかった。
「も、もういいだろう?」
「いいえ」
泣き出しそうな子供のような藤篠の表情に、いま自分がそんな顔をさせているのだということにぞくりとして、白倉は思わず、笑顔になる。
「さ、舐めて、奇麗にしてください」
「!?」
藤篠の表情が固まった。
笑いがこみあげるほどに愛おしくて、こらえたけれど、次の声に僅かに笑いが混ざった。
「できませんか?」
藤篠は、一度、きっ、と白倉を睨んで、そうしてゆっくりと膝を折った。
おずおずと指が伸びて、少し力をなくした自分のそれに触れる。
ひんやりとした指は、小刻みに震えていた。
躊躇いを見せる、幾度となく開き、噛み締められた唇が近づいてくる。
処女の反応に、白倉は内心、感激でどうにかなってしまいそうだった。
「ん……ぅっ」
指よりもずっとずっと柔らかい質感に包まれる。
次に粘膜の感触があって、軽く、歯があたった。
――――あの日、神を讃える歌をつむいだ唇を、いま穢した。
声に出して、笑い出してしまいたかった。けれどすぐにやってきた快感が脊髄を走って、白倉をその行為に集中させた。
「いきなりくわえてくださるとは思いませんでした」
ついに、彼女の身体と自分の身体とがつながったことが嬉しくて嬉しくて、声が弾んだ。
恥辱に耐えながら、膨張していく自分の陰茎をくわえる藤篠が愛おしくていじましくて、髪に触れる。
慰めるように、慈しむように、髪を撫でた。優しく。
「また……大きくなってしまいました」
挿入したい。
滅茶苦茶に犯してしまいたい。
息はあがって、もうとても冷静でいられない。
藤篠もまた、どこかぼんやりと、発情した瞳で自分を見上げていた。
「どうしましょうか?先生」
愛など、なくていい。
愛でなくていい。肉欲でもいい。この状況に流されただけでもいい。
――――欲しい、と、言われたかった。
自分を欲しいと。繋がりたいのだと。彼女から求められるのでなければ、身体だけ繋がっても何の意味もないのだ。
だが、藤篠の瞳からは静かに熱が去り、そしていつものあの教師の光が蘇る。
「私に……訊くな」
そうして、顔を逸らした。
わかっていたことだった。――――彼女が自分を求める日は、来ない。
「では、仕方ありませんね。時間ももうあまりない」
白倉はすっと身体を折ると、床に落としたままだった彼女の服を拾い上げる。
自分の腕が彼女の肩をすり抜けるとき、びくりと震えた身体に、また、心臓のあたりを錆びた刃でざり、と切られたような感覚に襲われる。
「夏が近いとはいえ、風邪をひいてしまいます」
ハンカチを取り出すと、膝をついたままで藤篠の太腿を拭った。
ほんの少し前に自分が汚したはずなのに、拭いながら心底、かわいそうに、と思う自分は、やはりきっと、ひとでなしに違いない。
だが、それはとても清潔で、敬虔な行為に思えた。神に捧げるような。
「これで……もう、いいのか?」
藤篠が、呆けたように自分を見上げていた。
犯されると予想していたのに、肩透かしを食ったからだろう。
それを理解して、白倉はわざと、微笑んで首を傾げた。
「気が済んだのか、と訊いている」
――――そんなわけが、ないでしょう?
言葉を胸で止めて、白倉は立ち上がった。
「済んだと言ったら、どうなります?」
自分の衣服をはらって整えると、会長席へと戻った。
ここに座ることができるのも、もうあとわずかな時間しか残されていない。
それは、藤篠と自然な形で会える機会を永久に失うことを示している。
時間が、足りない。
どんな形でもいい。彼女を溺れさせなければならない。
自分への恐怖でもいい。憎悪でもいい。肉欲でもいい。愛でなくていい。
彼女が求めてこなければ、意味がない。
人の心の難解さに比べたなら、学校の勉強も社会でクリアすべき問題も、いとも容易い。
「先生は僕から強制されたという口実を欲しておいでだ」
「!」
藤篠を見やって、組んだ両手に顎を乗せた。
自分の背後にある大きな窓から指す朝のさわやかな光が、対照的な彼女の肢体に差し込む。
彼女はこれから、シャワーを浴びることもできず、自分に汚された身体のまま、自分の体液の臭いを残したままで、一日を過ごすのだ。
何事もない、という顔をして、教壇に立つ。
それはなんて哀れで、いじましい。
そう思えば、征服感でぞくぞくと再び熱くなる場所があった。放出したばかりにも関わらず。
だが、その白倉をなだめるように、予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「では、また授業で。……藤篠先生」
にっこりと笑ってみせて、机の上の書類に目を落とす。
服を整え、また無言のまま彼女が去っていくまで、気配だけを感じて、白倉は藤篠を見なかった。
藤篠が去ったのち、彼女の匂いがこもった部屋にいることが寂しくて、窓を開ける。
空調が効いて季節感のない部屋を侵すように、生ぬるい空気が差し込んだ。
春はいつ終わって、夏はいつ始まるのだろう。
その問いもまた、人の心と同じように明確な答えがあるものでないのだろう、と、白倉は思った。
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