呉ノ朱

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  六.  

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目が覚めると、枕元には何枚もの原稿用紙が積まれていた。
徹夜で書き上げたのだろうか。
九雀を探すと、九雀は座卓のある部屋に、大の字になって眠っていた。
須磨子は唇に指をあてた。昨晩の、九雀の愛おしむように優しく触れられた熱がぼんやりと残っている。
枕元には洗面器に貼られた水と、そこに浸されたタオルがあった。顔を洗えない須磨子への気遣いだろうか。須磨子はそれで一度顔と、寝汗をふき取ると、身体を起こして座った。
手の中にある原稿用紙は、ずっしりと重かった。

――籠の中の鳥は、衰弱していった。
唄うどころか、鳴くことさえも次第になくなっていった。鳥は諦めているようだった。もう二度と、自由に空を飛ぶことも、他の鳥とさえずることもない。自分はいつかこの猫に屠られ、この狭い鳥籠の中で命を落とすのだと、それが自分の運命なのだと、諦めているようだった。


須磨子の胸に、昨晩の九雀のくちづけで感じた切なさが蘇った。
九雀を見た時だった。九雀の身体がぴくりと動き、目を覚ます。
「ん……」
「おはようございます」
起きあがった九雀に、須磨子は微笑んだ。
九雀の瞳が一度見開かれ、そうして、細められた。眩しそうに自分を見ている。
「昨晩は暑かったから、寝苦しかったでしょう」
「いえ……朝までぐっすり」
ひらひらと顔の前で手を振る。九雀は自分が起きていたことに、気づいていないだろうと、思った。ならば自分も言わない方がいい。
「それは良かった」
穏やかに微笑んで、九雀は須磨子の繋がれた、柱の鍵を外した。
また、昨日と同じ一日が始まる。
須磨子はもう、九雀に対して恐怖を感じることはなかった。


ひぐらしの音に混じって、九雀の書き進める音は止まない。
窓から入ってくる風は、初秋の匂いを思わせた。

――猫は自分を責めていた。鳥を美しいと、愛おしいと思うその気持ちは真実なのに、手に入れるためにどうしたら良いのかわからない。こんな方法しか、猫は知らなかった。猫の胸は、自分が指を傷だらけにしながら編んだ、からたちの鳥籠の棘が刺さったように痛んでいた。

須磨子は昨晩の九雀の熱を思い出す。愛おしむように、自分の頭を九雀は抱いた。九雀もまた猫のように、苦しんでいるのだろうか。
九雀は、もう自分に触れようとはしない。身体を拭うのも、須磨子に任せていた。ただ無言にして、座卓の前に座り、会話を交わすこともない。
須磨子はようやく落ち着いた頭で、自分を責めていた。
約束を破り、あの部屋に入ったのは自分だ。あの部屋は恐ろしかった。けれど九雀の説明は理路整然としていたし、こうして過ごしていても、彼が何も狂ってなどいないことを解っている。
それでも九雀が自分をつなぎ止めているのは、須磨子を信じ切れないからだ。
何かがおかしくなってしまっていた。ボタンを掛け違った時のように、自分と九雀は、確かに愛おしいと思い合っていたはずのに、いまやすれ違ってしまっている。
カサ、と指先の原稿用紙が音を立てた。
なんだか、昔の自分と九雀の立場が逆転したようだ。
須磨子は九雀にずっと、一方的に思いをしたためて送り続けてきた。5年間も。九雀は、いまこうして、自分の気持ちを原稿用紙に綴り、須磨子に手渡している。
――結末が、知りたい。九雀はどんな結論を出すのだろうか。
須磨子はそのまま目を閉じた。まだ眠るには随分早かったが、窓の外に落ちてゆく夕焼けを、瞼の裏で感じていたかった。


……いつしか、眠ってしまっていたようだった。
冴えた耳には、昨日と同じ虫の声。そしてもうひとつ、昨日と同じことがあった。
九雀の手が、自分の頬を撫でていた。その動きに、また胸が締めつけられるように痛んだ。
唇がゆっくりと触れる。だが今日は、指が頬から、首筋へと移っていった。
そして鎖骨へ。ゆっくりと撫でながら、浴衣の襟を割って、下へと滑ってゆく。
初めて九雀に抱かれた時とは、あまりにも違っていた。
「……っ」
須磨子は目が覚めているのだと悟られないように、そっと息を吐いた。そうして九雀の唇から離れてしまった口を、また、九雀が柔らかく吸い取る。
九雀に触れられているという身体の快楽よりも、胸の痛みの方が強くて、須磨子は涙が出てきてしまいそうだった。
――いますぐ目を開けて、九雀を抱き返したい。自分は九雀の書いた鳥のように、猫を拒んだりはしていないのだと、安堵させたい。
そう思うのに、目を開いたら九雀は辞めてしまうような気がした。
舌が、須磨子の歯を割ってそっと絡められる。片手が胸に、もう片手は髪を撫でていた。須磨子を起こさないように気遣っているのか、至極静かに。
指が肌を滑る。小指が、乳首に触れた。くっと曲げられて、先端が刺激される。
「……んぅ……」
思わず、声が漏れた。唇を離れた九雀の舌が、首筋から鎖骨へと下っていく。
暖かく蠢くものが、須磨子の胸を這った。
これを、待っていた。九雀にこうして触れられることを、自分は待っていた。
「は……っ」
ちゅ、と九雀が自分の肌を吸う。その度に、じんと下着の奥が熱を持つ。
九雀の足が自分の腿の間に入り込み、熱いものが押しつけられた。
――抱かれたい。このまま、九雀に。
手が伸びてきた。そっと下着越しに花芯を押される。
「ぁ……あ……」
須磨子はあくまで寝ている風に装って、必死で声を抑えた。
下着はすっかり湿ってしまっていた。
九雀の指は次第にラジカルな動きで須磨子の秘所を下着越しに何度か上下に擦る。目が覚めていると、気づかれただろうか。
だが九雀の指は、愛撫をやめなかった。ショーツのラインに沿って指がつっと茂みの中に入ってくる。
「……んっ」
ぬるりと、濡れているのは自分の秘所だ。易々と九雀の指を迎入れた。
須磨子はたまらず、泣き出してしまいそうだった。 切なさと、快楽のふたつが大きく胸のうちでせめぎ合っている。
「すまない……」
九雀が小さく呟く。起きていると、気づかれたのかとギクリとする。
だがそうではなかった。九雀の指は、尚も須磨子の花唇を割って、つ、と上へ動く。その指の動きで、快楽に息が止まる。
ごそごそと、足の間で九雀が動いた。そうしてショーツの脇に、憶えのある熱いものがそえられた。
先端が花芯にあたる。それだけでぞくぞくと震えが走る。
「ぁ……あ……」
はっ、と荒く息を吐き出しながら、九雀が須磨子の秘所を自分のモノで擦る。粘液が絡み合って、余計に性感を鋭いものにした。
「……愛して、いる……」
唇に、九雀の唇が優しく触れて、小さく喘ぐと、ず、と九雀自身が襞をめくりあげるように入ってきた。
「ひ、ぁ……っ」
九雀のそれを迎入れた膣口がきゅうと締まるのを感じながら、須磨子の身体がびくびくと震えた。
……入れられただけで、達してしまったのだ。
けれどそれに気づいてはいない九雀は、更に動きを早める。
「須磨子……っ、須磨子……」
ひくひくと、九雀を包んでいる襞が震えているのがわかる。もう口を閉じることもできない。
――涙が滲むほど、嬉しかった。
九雀に抱かれていることが嬉しいのか、この快楽が嬉しいのか。それはきっと、両方だ。繋がれて、寝ている間に犯されている。にも関わらず、須磨子は込み上げてくる幸福感を抑えきれない。
「あ、ぁ、あ……っ」
唇を貪られる。もう須磨子が目覚めても構わないと、思っているのだろうか。
こんな想いを、こんなふうに自分が乱れる程の快楽を、知らなかった。
「須磨子……っ!」
九雀の息が呑み込まれ、そして刹那、止まった。
須磨子の奥で、九雀のモノがいっそう大きく膨れあがった気がする。
「っ!!あぁ……っ」
瞑った目の奥で、火花が散る。ぱん、と何かが自分の中で弾けた。そして、流れ込んでくる。何度も、何度も。どくどくと、脈打つそれが、二度目の絶頂を迎えた須磨子の身体をぶるぶると震わせた。

九雀は須磨子の中に注ぎ終えてもしばらくの間、須磨子を抱きしめるように覆い被さっていた。
髪を撫でる。額に浮いた汗を吸う。そして頬を撫でて……きつく、抱きしめた。
腕が震えている。泣いているのかもしれない。
そうしてしばらくそうやって抱きしめられた後、そっと、手が引き抜かれる。
枕元に置いてあった濡れタオルで、丁寧に、さっきまで繋がっていた部分を拭われる。浴衣の襟が元のように揃えられるのが目を閉じていてもわかった。
九雀の体温が、遠ざかってゆく。
閉じた目から、すっと、涙が溢れた。
こんなに切なく、寂しい愛情の注がれ方をされたのは初めてだった。
嗚咽を漏らさないように、須磨子はそっと唇を噛みしめた。
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