呉ノ朱

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  三.  

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昼だというのに、部屋は随分と暗かった。
廊下から続く窓部分は雨戸で閉じられて、カビと古い紙の匂いが部屋に充満している。
そこには、死体など勿論なかった。
目の前には木の本棚。そこには黄ばんだ随分と古く見える書物が並んでいる。
期待はずれにガッカリしたような、何も異常がなくて良かったような、複雑な気持ちのまま、須磨子が足を踏み出したその時だった。
「須磨子さん」
背後から声をかけられて、須磨子の心臓が跳ね上がった。
振り向くと、階段のところに出かけたはずの九雀が立っている。
須磨子は自分の身体からサッと血の気が引いていくのがわかった。
「すっ、すみません……!」
慌てて九雀を向くと、深々と頭を下げた。指の先から体温がなくなって、ぶるぶると震える。
九雀がこちらに近づいてきた。須磨子は頭を下げたまま、肩をすくめて叱責の言葉を待つ。
「やっぱり開けたか。いや、かえってあなたの興味を惹いてしまったようだ」
そう言って九雀は、苦笑して須磨子を見た。声に怒りの色はない。
恐る恐る頭を上げると、九雀は須磨子を手招きするように部屋の中を見せる。
「ここにはね、古い貴重な本や、光や空気を嫌う保存書類が置いてあるんですよ。紙はすぐに劣化してしまうから」
「そうだったんですか……」
須磨子は入り口のところからぐるりと見渡す。ほの暗い部屋には、壁一面に本棚が作りつけられており、九雀の書斎よりも膨大な数の書物や書類の姿が見えた。
「その顔、僕がやっぱり人形でも隠しているのではないかと、疑っていた?」
「い、いえ……本当にすみません……」
九雀は尚も苦笑している。
須磨子は自分の愚かさに、消えてしまいたかった。恥じ入って身体を小さくしている須磨子に、九雀は気にしないで、と声をかけて鍵をかけ直す。
「悪戯に興味を煽ったのは僕だから。それに得体の知れない部屋の近くでは、須磨子さんも心許なかったでしょう。配慮が足りなかったのは僕の方だ」
「でも、言いつけを破って勝手をしたのは私です」
階段を降りてゆく九雀の後を追って、須磨子は尚も詫びようと必死に言葉をかける。情けなさに涙がにじんだ。
「もういいから。では、原稿を郵便局に出してきてください。途中まで行ったんだけれど、あまりに久々で道がわからなくなってしまった」
「……はい」
頷くと、九雀の顔を見ずに須磨子は玄関を出た。
このまま飛び出して、二度と戻ってきたくはない程の後悔。
九雀は自分の家事の腕を誉め、労い、新作まで真っ先に読ませてくれた。
にも関わらず、ただの家政婦に、ファンに過ぎない自分は、好奇心に負けて九雀の言いつけを破ったのだ。
とぼとぼと、蜩の鳴く道を歩きながら、須磨子はなんだか泣き出してしまいたかった。胸の奥が、隣に続く生け垣の、からたちの棘が刺さったように、ちくり、ちくりと痛んだ。


「だいぶ……片づきましたね」
九雀が腰に手をあてて、大きな身体を後ろに反らす。
今にも崩れそうだった座卓の上の書類や本は、九雀に指示されるまま丁寧に分類して整理したし、煎餅のように潰れていた万年床の布団も押入の新しいものと交換し、古いものは明日干すことにした。
だが片づいた九雀の部屋とは裏腹に、須磨子の表情は少しも晴れない。
「……まだ、気にしているのかな。怒ってはないのだから顔をあげなさい。もう入らないでくれればいい」
九雀はボリボリと頭を掻いた。もう肩にフケが落ちることもない。
須磨子は俯いて、こくりと頭を動かした。
九雀は息を吐くと、整頓したばかりの部屋の隅、文机の下から何かを取り出す。黒塗りの箱だ。そうしてそれを開いた。中には何か書類のようなものが入っている。
「須磨子さん、これを見なさい」
「え?……あ……」
九雀はその書類の束を、ひとつひとつ、畳の上に並べていく。
――須磨子が、過去に九雀に送った感想の手紙。
ひばりの絵の封筒が、一通一通、順繰りに並べられた。数は丁度、九雀の既刊と同じ、九通 ……いや、一冊だけ感想を書かなかったから、八通だ。
「最初の手紙と、最後の手紙、こんなに文字が違っている。僕はそんなに筆が早い方ではなかったから、これで……5年分だ」
須磨子は一番左端の封筒を手に取った。幼い文字で、"粕鳥文藝御中、 竹河九雀さま"と書かれている。見覚えがあった。
5年前、まだ須磨子が中学1年生の時のことだ。本屋の片隅で、ひっそりと見つけた九雀の本。九雀、という珍しい名前に惹かれて手に取ったそれは、須磨子に新しい世界を教えてくれた。
夢中になって徹夜で読み、感想を書いた。手紙は鉛筆書きではいけないことなど知らず、奈緒美に相談して色々と教えてもらったりもした。
「取ってくださって、あったんですか……」
「こんなに若い読者さんは、珍しかったから。とても素直に僕の小説を読んでくれたのだとわかった」
九雀は淡く微笑む。須磨子はじわ、と自分の目に涙が滲む。
「一通ごとに字や文章が巧くなって、成長を見ているようで楽しかったし、僕も作家としてあなたと共に成長しているような気分にもなった」
ぽつ、と畳に須磨子の涙が落ちる。須磨子は自分自身にも、この涙がどういう種類のものかわからなかった。
「……ひとつ、あなたに嘘をついた。実は編集の方から、あなたの話を伺ってたんだ。友人に僕のファンがいると」
奈緒美だ。須磨子は顔を上げた。自分の頬を涙が伝っていることには構わなかった。
「それで、家政婦の件を……相談したんです。もしかしたらあなたに会えるかもしれないと」
九雀の顔が紅潮している。恥ずかしそうに、頭を掻いた。
「お婆さんだと思ったというのは、嘘です。僕はもしかしたら、あなたの感想の手紙を読みたくて小説を書いているのではないかと錯覚する程……あなたに、惹かれていた」
どきん、と須磨子の胸が鳴る。九雀は頭を掻くのをやめて、須磨子を見た。
視線が絡む。不安そうに、九雀の眉が歪む。
「手紙だけでそんなふうに感じるのはおかしいと思われても仕方ないんだが……でも、会ってみて、あなたが僕が思っていたよりずっとその……素敵だったので」
須磨子は首を振る。涙が散った。喉が震えて、うまく声が発せられない。
「わ、たしも……九雀さんに会って、同じことを……」
ひっく、としゃくりあげる。どうして自分はこんなに泣いているのだろう。
部屋はもう随分と暗くなっていた。
夏の終わりの、蜩の声ももう聞こえない。
九雀の手が、すっと須磨子の頬に触れた。大きな体躯そのままの、大きな手。この手から、あんなにも繊細な物語が紡ぎ出されているとは思えないほどの。
「九雀さ……」
九雀の顔が近づき、息がかかった。薄い唇が、そっと須磨子に触れる。
恐れるように優しく触れて、そしてすぐに離れた。
そしてもう一度重なる。今度は唇で挟むようにして須磨子の唇と合わさり、何度か繰り返される。
九雀の舌が須磨子の唇に触れた。初めは舐めるように。そして、歯の間を割って中に入り込む。
「ん……」
痺れるような感覚が、九雀の唇から熱と共に伝わってくる。
須磨子は差し込まれた九雀の舌に、自分のそれを絡めた。
ちゅ、と静まりかえった部屋に、淫靡な音が響く。
その音に、突然九雀の唇が離れた。
「す、すまない」
九雀は上擦った声で謝った。もうぼんやりとしか九雀の顔が見えない部屋で、須磨子の鼓動は、九雀に聞こえているのではないかという程に早い。
「あなたを住み込みの、と言ったのは僕の生活時間が不規則だからで……、決してやましい気持ちでは、その……」
ガリガリと音がする。いつものように九雀が頭を掻きむしっているに違いない。須磨子は思わず、くすりと音をたてて、笑った。
「やましい気持ちでも……構わないんですけれど」
「え……?」
涙はもう止まっていた。須磨子は頬をさっと拭いて、立ち上がろうとした。
「お夕飯の準備、しますね」
なんだか九雀の目を見るのは恥ずかしかった。
身体を起こした須磨子の手を、九雀が掴んだ。
ぐい、と強い力で引き寄せられる。
「きゃ……っ」
どん、と九雀の胸に倒れ込んだ須磨子の肩を、九雀が抱いた。
苦しいほどに、身体が抱きすくめられる。
「須磨子さんっ……」
九雀は短く自分の名を呼ぶと、再び唇を須磨子に合わせた。今度はさっきと違う、情熱的なキス。
「んっ、んぅ……」
歯が何度かカチ、とぶつかった。だが九雀は須磨子の唇を熱心に貪っている。大きな強い腕で須磨子の肩を抱き、手をつかんでいたもう片方の手が、須磨子の胸を服の上から触った。
「は、はっ……」
須磨子は、処女ではなかった。一度だけ、高校時代にたった3カ月つきあっていた彼と最後まで及んだことがある。だがあまりに痛くて、泣きじゃくっていたらいつのまにか終わっていた。それが初体験の感想。それ以降、恋人ができたことはない。
「は、あぁっ……」
何度か服越しに揉みしだかれた後、夏用の薄いブラウスを九雀は荒々しく引っ張った。ビリッと音がしてどこかが破れたように思ったが、うっとりと口づけでとろけてしまった須磨子にはもうそんなことはどうでも良かった。
「須磨子さん……」
何度も、九雀が自分の名を呼ぶ。その低音で穏やかなはずのいつもの声が、今は吐息混じりの上擦ったそれに変わっていることに、須磨子はぞくぞくとしていた。
九雀のごつごつと骨張った手が、須磨子の背中をつ、と撫でた。背中にある、ブラジャーのホックが片手で外される。そしてまた、抱くように撫でる。
「あ、あ……」
手が裸の背中を支えて、もう片方がブラウスのボタンを外す。だが片手ではうまくいかないのか、焦るように九雀はブラウスを持ち上げた。ボタンがいくつか跳ね飛ぶ。
性急で、荒々しかったが、須磨子は少しも怖くなかった。
それどころか自分もまた、早く、と、九雀に触れられることを望んでいる。
対面で座った姿勢のまま、九雀が首を胸に寄せる。ふわふわとした、昨日自分が散髪したばかりの髪が須磨子の首に当たった。
「あ!あっ、あぁ」
むしゃぶりつくように、緩んだブラジャーの下から九雀が胸を吸う。その唇はあまりにも熱く感じられて、須磨子は火傷するのではないかと錯覚した。
じわ、と自分の下着が濡れていくのがわかる。
須磨子は腕を九雀の身体にまわして、しがみついた。
「甘い……」
感嘆したように小さく、荒い息の中から九雀が呟いた。そして片方の乳房は胸で刺激しながら、乳首をまるで赤ん坊のように吸った。
「んっ!」
その強い刺激に、須磨子は喘いだ。うっすらと目を開けると、もう暗くて殆ど見えない部屋の中で、外から差し込む光りが、大きな九雀の身体を切り取っていた。
須磨子はなんだかたまらなくなって、九雀のシャツを捲った。綿の柔らかい布の感触に続いて、熱く固い男の肌の体温が手のひらから伝わってくる。
「……っあ」
喘いだのは九雀だった。須磨子の手は、背中から脇を通って胸へと動く。向かい合い座ったまま九雀に支えられ、少し後ろに傾けられていたが、易々と九雀の胸に達した。固く、逞しい男の胸。そこにある突起に須磨子は触れた。
「す、まこさ……」
びくびくと九雀の身体が震える。須磨子は乳首を愛撫していた。自分がどうしてこんなに積極的なのかはわからなかったが、いやらしい気分が増していく。
――男の人でも、感じるんだ。
そして不意に、その下に隆起したズボンに目がとまる。すっと、須磨子は手をそこに落とした。
「っ、あ!」
触れると、熱く小刻みに震えていた。固くなった九雀の男性自身は、須磨子の手がまわりきらないほど太く大きかった。
と、突然、びく、びく、と手の中でそれが震える。心臓が脈を打つように規則正しく手の中のそれは動いて、止まった。
「っ……く……っ」
九雀が尚も喘いだ。須磨子は驚いて、手を離す。
顔のすぐ下にある九雀の頭が何度か震えて、そして上げられた。
視線がかちあう。
「……もしかして……」
須磨子は小声で呟いた。手に残った感触が蘇る。
自分が握っただけで、九雀のそこは絶頂に達したのだ。
「堪えきれなくて……すまない」
こんなに暗くても、九雀の表情ははっきりとわかった。ばつが悪そうに須磨子の目から視線を外している。
須磨子は少しためらって、そして身体を屈めた。目の前に、さっき自分が触れたばかりの九雀のその部分がある。
一度息を呑んでから、ズボンのゴムに手をかけて、中に差し入れた。
「す、須磨子さ……っ」
ぬるりとしたものが、須磨子の指を濡らす。精液だ。
近づけた鼻孔に、独特の匂いが漂った。
須磨子はほんの僅か躊躇って、そして一気に九雀のそれを掴んだ。
「っ……!」
どろどろとした九雀の男性自身は、決して萎えてはいなかったがさっきよりひとまわり、縮んでいるように思えた。
握った手は、九雀から放たれたもので粘りつくほどになっている。
須磨子は、恐る恐る唇をそれに近づけた。そっと先端につける。
口の中に、むっと生臭い臭気が広がったが、気にならなかった。
――これが、九雀さんの……。
須磨子は自分でも自分がよくわからなくなっていた。こんなことは、一度の初体験でもしたことがなかったし、小説で濡れ場のシーンが登場するもので読んだことはあっても、実際に知っているわけでもない。
「き、汚いから……っ」
九雀は短くそう叫んだが、そうは思わなかった。
ぴちゃ、と口腔内に含む。苦いようなしょっぱいような味が舌から伝わってくる。付着した精液を舐め取るように、須磨子は舌を動かした。
「んっ」
九雀の大きな体躯がびくりと震える。そうさせているのが自分なのかと思うと、妙な征服感のようなものが須磨子の胸にじんと広がる。
口の中で、徐々に九雀のそれが蘇り、膨らんでいるのがわかる。
収まり切らなくなって、唇を外す。その肩を、九雀の手がつかんだ。
身体が起こされる。つ、と唾液が糸をひいた。
「……慣れているんですね」
「そういうわけでは……」
誤解されただろうか。須磨子が慌てて訂正しようとした時、突然身体がぐらりと後ろに傾いて、倒れた。
「く、九雀さ……」
九雀の大きな手が、自分の肩を押さえ込んで畳から起きあがれない。
もう片方の手でブラウスがビッと破られた。
「清純で、大人しそうに見えても……ということか」
「違っ……あぁっ」
ぐっ、と指がスカートにかかり、スリットの部分からビッ、とこちらも破られる。須磨子はひっ、と小さく叫んだ。
黒い大きな影が、自分にのしかかってくる。
その手が、自分の下着をいとも容易くはぎ取った。
「凄い、糸をひいてる」
「い、いやあ……」
喘いだのは羞恥からだった。九雀の指がそこに突然差し入れられる。じゅぷ、と音がしてすぐ引き抜かれた。
「これなら、痛くはないだろうな」
「え……」
須磨子がそう言うやいなや、熱い塊があてられた。さっき須磨子が拭ったばかりの九雀の男性自身だ。
「い、いやっ!いやです!」
「自分で勃たせておいて、今更厭はないでしょう」
九雀は短くそう言うと、ぐっ、と荒々しく須磨子に押し込んだ。
須磨子の襞が、大きく引っ張られるのがわかる。
「ひっ……!」
その圧迫感に、思わず須磨子は悲鳴をあげた。
九雀に、抱かれたいと思っていた。小説家としての彼ではなく、須磨子はもう既にその朴訥とした、けれど優しさを感じる人柄や、容姿に惹かれていたし、ついさっきまでは、こうされることを早く、と待っていた自分もいる。
だがそれは決して、こんな形ではない。
「あ、い、痛い……っ」
「僕の陰茎は……今までの経験より大き、い?」
ぐっ、ぐっ、と、何度か広げるように九雀のモノが押し進んでくる。どちらも充分すぎる程湿っているせいか、切り裂かれるような痛みはなかったが、それでも圧迫感は強かった。
「あなたの膣は……狭い……っ」
ぐぐぐ、と奥まで九雀自身が押し込まれた。須磨子は身体を仰け反らせる。足を抱えられて抵抗はできないが、両手で九雀の胸を必死に押した。
「いや……いやぁ……」
額に汗が滲む。涙さえ浮かんできた。
誤解されている。自分は簡単に身体を開く女だと、誤解されてしまった。
須磨子にはそれが悲しかった。
「動きます」
九雀がそう言うのが早いか、動かされるのが早いか。
唐突に自分の中で、九雀のモノが暴れ出した。
「ひっ、あ、あ、あ、あ……っ!!」
がくがくと揺さぶられて声が途切れる。暗い静寂の中で、自分と九雀が絡み合う淫靡な音と九雀の荒々しい息だけが耳を覆う。
「襞が絡んで……呑み込まれてしまいそうだ」
九雀の身体が重く、須磨子の上にかぶさってきた。より深く繋がって、須磨子は否応なしにそこに意識が集中させられる。
「は、あ、あっ……ああっ!」
初めはきついだけだった自分の奥が、九雀のモノが激しく出入りする度に収縮を繰り返し始めたのがわかった。
微弱な電流のような感覚が、徐々に込み上げてくる。
「んんっ!!あ、あっ……あは……っ」
「声の質が、変わった、ね」
喘ぎながら、耳元で九雀が囁く。熱い息が吹きかけられて、また須磨子はぞくぞくと震えた。
九雀の腰はあまりにも早く、須磨子の身体を翻弄している。
遠い記憶に埋もれるようにしてある、初体験などまるでおゆうぎのようだ。
「あ、あぅ、あっ、あ……ああっ」
きゅっ、と、秘所が締まるのを須磨子は感じた。擦り合わされるそこから伝わってくる電流はいまや雷のように激しいものに変わろうとしている。
「くっ……」
九雀が呻いた。そうしてぐっと頭を抱かれる。
九雀の肩に押しつけられた唇から、須磨子は短く動きに合わせるように喘ぎを漏らした。
「や、やぁ……あ、あぁあっ!!」
「もう……堪えられない……っ」
何かが来る。電流から稲妻になった快感が、須磨子を突き抜けてゆく。
九雀の動きがいっそう乱暴なものになった。小刻みに身体が揺すられる。
「あ、あぁっ、だ、めぇ……っ!!」
「…………っ!」
須磨子の身体が震えた。同時に九雀の腰が痙攣する。
自分の最奥で何かが弾けて、熱いものが放出される。どくん、どくんと、注がれてくる何か。
「い、やぁ……ああぁっ!」
その感覚に、頭の奥でヒューズが飛んだように須磨子は絶頂に達すると、意識を手放した。



「……さん、須磨子さん」
ぱしぱしと軽く頬を叩かれる刺激に、須磨子はうっすら目を開けた。
眩しい。天井の白熱灯が月のように自分を照らし、そして視線のすぐ上には九雀の顔があった。
須磨子はハッとして、起きあがる。
「わ、私……」
慌てて破かれて、乱れたブラウスをたぐり寄せた。腰の下のえんじ色のタイトスカートは濡れている。自分のと、九雀の。
と、九雀が突然畳に手をついた。
「すまなかった。その……あなたに酷いことを言うつもりも、あんなことをするつもりも、なかったんだが……」
須磨子は慌てて、その九雀の肩に触れる。
確かにあんな風に乱暴に抱かれて、悲しかったが、それは九雀に誤解されたと思ったからだ。抱かれたこと自体が厭だったわけでは決してない。
「頭をあげてください。私こそ……誤解させるようなことを……」
「誤解……」
九雀が顔をあげた。須磨子は咄嗟に頬が紅潮する。
こうして興奮の去った澄んだ頭で思い起こすと、どうしてあの時あんなことを、という気恥ずかしさが蘇ってくる。
あの時、九雀のそれを自分の口で……と思ったのは、勿論熱くなった体に後押しされたからでもあったが、それだけではなかった。
なんとなく、あのままでは九雀に恥をかかせるのではないかと思ったのだ。
「私……本当は、経験、そんなにないんです。一度しか。でもなんだかあの時は……そうしたくなってしまって……」
言葉に詰まりながら、ますます頬が熱くなる。
九雀は一度頭を掻くと、膝を立てて立ち上がった。
「風呂を入れましたから、入ってください」
そう言って、和室を出ていく。手には煙草が握りしめられていた。
須磨子はそれを見送って、自分も身体を起こす。別段痛いところはなかった。立ち上がると、こぽ、と自分の中から九雀の残したものが溢れだした。
つ、と太腿を伝っていくそれを畳に落とさないように気をつけながら、須磨子は風呂場へと向かった。


九雀の入れてくれた湯の温度は、須磨子には少し熱かったが、残暑とはいえ夜は冷える。少し冷たくなっていた肌に心地よく染みていった。
――九雀に、抱かれた。
須磨子はなんだか信じられなかった。初めての時は痛みをこらえているうちにあっという間に終わってしまった行為が、たった二度目、しかもあんなに乱暴にされたにも拘わらず、自分の身体はそれに応え、絶頂を感じてしまうなど。
何よりも信じられなかったのは、九雀が長年自分が慕い、憧れ続けてきた竹河九雀その人であり、彼もまた手紙でしか知らなかった自分を思うようになっていたということだ。
――ほんとうに、小説のように不思議なひと。
無口過ぎるわけでもないが、慎重に言葉を選ぶように低いトーンで喋り、大概は表情を変えなかったが、時にはにかんだようにほのかに笑ってみせる。極度に女慣れも世間ズレもしていなく、照れると頭を掻く仕草。それなのに、あんなにも荒々しく自分を抱いた。
初めはあんなに大きな身体で、清潔とは言い難い格好の不器用な男が、流線のように緩やかで美しい文字の旋律を書くのかと驚いたものだったが、今ではなんとなく、竹河九雀という作家と、九雀自身が重なり始めている。
須磨子は少しずつ、だが確実に、いま実体として目の前にいる九雀を、愛し始めていた。


「ほんとうに、何処も痛むところはないんだろうか」
何度も確かめるようにそう問う不安げな九雀に、須磨子は微笑んだ。
「それから……僕はさっき、避妊も何もしなかった。その、恥ずかしいことだが、女性とこういう行為に及んだのは、初めてだったので」
九雀が言いづらそうに言葉を詰まらせる。相変わらず須磨子の目をまっすぐには見ようとしない。
須磨子は尚も微笑んで、大丈夫だと思います、と、告げた。
――2年前、両親が交通事故で亡くなってしまった時、須磨子はそのショックで生理が止まった。そうして随分と長い間、病院に行かずに放っておいてしまった。そんなことを心配できる心の余裕も同時に亡くしてしまったのだ。
奈緒美に説得されて向かった先の婦人科で、もしかしたら将来子供は望めないかもしれない、と告げられても、涙は出なかった。
将来、ともすれば自分も両親のように子供を遺して死んでしまうかもしれない。その時こんなにも辛い思いをさせるくらいならば、いっそ、と思ってしまっていたからだ。
そのことを九雀に話すと、九雀は僅かに眉根に皺を寄せた。
「僕も……両親を亡くしているから、同じように思ったことがある。……とにかく、僕はあなたに酷いことをしました」
「もう、いいんです。なら私も、入らないでって言われていた部屋に入ってしまったんですから、おあいこってことにしませんか?」
九雀がぱっと頭をあげてようやく須磨子を見た。
普通ならば、そんなことの比ではないが、須磨子はいまや九雀を愛している。
愛する人に抱かれたのだ。須磨子にとってはお釣りが来る。
「あなたは、変わった人だな」
「九雀さんほどじゃ、ありませんけど」
顔を合わせて笑った。しばし笑った後、九雀がふと何かに気づいたように視線を逸らす。
「もしかして……御両親のことがあったから、一冊だけ感想をもらえなかったのですか?」
そう。須磨子は九雀の小説を読み終えた後、必ず奥付部分に書いてある出版社の住所に感想を何枚にも渡って送っていたが、2年前、両親が亡くなった時にはとてもそれどころではなかった。
「あ、はい。後から送ろうとも思ったんですけど……その時にはもう新刊が出ていたので」
「良かった。……いや、ずっとそれまであなたの感想を心待ちにしていたから、届かなくてどうしたものかと心配していた。あなたに何かがあったのか、それとも余程つまらなくて呆れられていたのかと、思っていた」
九雀が心底ほっとしたように、微笑んだ。須磨子は慌てて顔の前で手を振ってそれを否定する。
「そんな……!私、あの本があったから、悲しかったことも忘れられたんです」
「ほんとうに?それは作家冥利に尽きるな。……ああ、ほんとうに良かった。筆を折ろうとさえ思ったほどだ」
須磨子はぎょっと目を見開いて、だがすぐにまた笑った。
幸福だった。こんな風に誰かと笑い合うことを、永い間忘れていた気がする。
柱時計が、ボーンとくぐもった音を鳴らした。
「そろそろ休みます」
「はい。明日は僕も昼過ぎまで寝ていると思うので、ゆっくり休みなさい」
おやすみなさい、と告げて、須磨子は2階にある自室へ戻った。
胸はまだ少しどきどきとしている。
あの竹河九雀が、そんなにも自分の感想を待っていてくれた。
そして只の九雀もまた、自分を思いやってくれている。
こんな夢のようなことがあっていいのだろうか。
昨夜、明日への期待で眠れなかったように、今夜もまた、この幸福感でなかなか寝付けないかもしれない。
そんなことを思いながら、須磨子は自室の扉を開けた。
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