呉ノ朱

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  六.  

人物紹介・作品解説へ
 

化粧を落とし廊下に出ると、葛城の部下に服を脱ぐように指示される。
古蝶は無言でドレスを脱ぎ去ると、髪を頭の後ろでひとつに結わえ、小さく纏める。
廊下に取り付けられた鏡には、先程の女装姿とはあまりにも違う、全裸の男の自分が映っている。
男として蛍を抱け、と、葛城は言った。
古蝶は自分自身に暗示をかけるような気持ちで鏡をもう一度見て、そして再び葛城と蛍の待つ部屋の中へと入っていった。
「……ほう」
葛城は舐めるように裸の自分を見ると、顎だけで蛍の元へ行け、と指示する。古蝶は怒りを飲み込んで、蛍へと向いた。そうして驚愕する。
蛍は、先程の開脚の吊された姿ではなく、その背後にあったベッドに固定されていた。猿ぐつわを噛まされ、両腕はベッドのパイプ部分に皮のベルトで固定されている。足は折り曲げられて腿と脛とでやはりベルトで固定されていた。そして、目隠し。
「葛城……」
ギリ、と古蝶は葛城を睨む。だが葛城は少しもその視線に動じることなく、眉を上げて古蝶に笑いかけた。
「あの状態で、蛍を犯してみろ。私がいままで蛍を犯してきたのと同じようにな。猿ぐつわだけは外してもいいが、目隠しは取ってはならない。それから、お前も蛍も絶頂に達しなければ、この話はナシだ」
「そんなこと……っ」
そんなことをすれば、過去の恐怖が蘇っているに違いない蛍は、自分だとわからないまま気が違ってしまうのではないだろうか。
だが、古蝶にはもう他の選択肢は許されてはいなかった。
ここで自分が従わなければ、蛍は恐らく……。
古蝶は仕方なく、蛍のベッドへと向かった。
「んっ、んんんっ」
蛍は猿ぐつわを噛まされた口の中で、必死に叫んでいる。
ベルトで固定された手首はもう赤い。
古蝶は、苦渋の思いでベッドのスプリングに足を載せた。その気配に、蛍の抵抗が激しくなる。
「蛍……」
そう言ってみても、いつもより声のトーンが低い地声で、しかも口調も違う。目隠しをされていなければいざ知らず、今の状態ではわからないだろう。
古蝶は猿ぐつわを外してやった。その瞬間、耳を裂くような悲鳴が放たれる。
「いやっ!! いやぁ、やめて……っ!」
「蛍、違う、落ち着いて」
蛍をなんとか安心させようと、古蝶は蛍の頬を手のひらで包む。
頬は伝った涙でしとどに濡れていた。
「ひっ……いや……っ」
けれど蛍は、完全に混乱していた。古蝶を古蝶だと、認識してはいないのだろう。……こんな状態で、抱けるわけがない。
だが古蝶の耳に、更に葛城の声が追い打ちをかけた。
「時間は30分だ。それからその枕元にはマイクが仕込んである。囁きでさえもお前だと名乗ってはならない。お前が今までのように少しでも女らしい声を出せば、そこで終わりだからな」
古蝶は焦った。壁にかけられた時計を見る。あと30分。通常のセックスであれば足りない時間ではないが、今の蛍と古蝶にとっては短すぎた。
「さあ、愛とやらの力を試させてもらおうか?」
くつくつと可笑しそうに笑った葛城の意図は、今の言葉に集約されていると古蝶は理解する。
葛城が暴力を持って蛍の肌に叩き込んできた、愛のない欲望としてのセックス。同じ事を古蝶にさせることで、蛍と古蝶の絆を試そうとしているのだ。
古蝶は蛍の身体に覆い被さるようにして耳元で囁く。
「蛍……大丈夫だから、力を抜いてくれ」
いつもの作った高い裏声ではなく、優しいものの、蛍の耳に響くのは、男の声。
完全に混乱した蛍は、身体をいっそう強ばらせる。
だが古蝶は、そのまま蛍の胸に手を置く。明らかにいつもとは違う、鳥肌の立った肌はざらりとした感触で古蝶の手に反応した。
「や、やめて……やだ……」
古蝶は足を蛍の折り曲げられた足の間に置くと、身体を蛍に密着させるように覆い被さった。そうして蛍の耳元に唇をつける。
舌を、蛍の耳の中へ。ぴちゃ、と音を立てて丁寧に舐める。
「んっ!いや……ぁ……」
ぴくりと蛍の身体が震える。古蝶の舌は、そのまま首筋を通って鎖骨を這った。
「蛍、これは夢だ。夢だから、怖がらなくていい」
「ゆ、め……?」
喘ぎながら蛍は唇を動かす。古蝶はその唇を吸った。舌をできる限り優しく差し込みながら、指を胸に走らせる。
「そう。蛍に辛いことは何もしない。だから、力を抜いて」
「んっ……」
蛍の肌から震えが消える。古蝶は蛍の柔らかい唇を舌でなぞり、手のひらで包むようにして胸を愛撫すると、先端を軽く摘んだ。
「は、は……あっ」
指を擦り合わせるように乳首を撫でて、もみほぐす。ゆるゆると蛍の身体から緊張が取れてゆく。唇は合わせたまま、手を腹部に滑らせて茂みに触れる。
「い、い……や……」
蛍は拒絶するように首を振った。古蝶は唇を胸に移す。小ぶりな胸にしゃぶりつくように乳首を含んで、舌で転がした。
指は茂みの中をそっと進む。固くなった突起に触れた。
「ひ、ひぃ……っ」
「落ち着いて……。ここ、好きだっただろ?」
包皮を剥くように、下から上に撫で上げる。ぴくりと蛍の足が動いた。
気づいてくれ、と、古蝶は思う。過去に蛍を犯した父親ではない。古蝶なのだと気づいてくれと、願うように指を動かす。
「んぅ……ああっ」
「……濡れてきた……」
じんわりと、蛍の秘所が湿り気を帯びる。古蝶は指でスリットをそっと撫でるようにしながら、蛍の愛液を少しずつ誘い出す。
「そんなふうにしていたら、どんどん時間がなくなるぞ?」
葛城はソファーに身体を沈めたまま、愉しげに古蝶に声をかけた。
古蝶の額に汗が滲む。
「力、抜いて……」
古蝶の指が蛍の襞に差し込まれる。いつもの蛍のその場所より、ずっときつく締め付けて古蝶の指を拒んでいた。
「いや、いやあぁ……っ」
少しずつ、そのきつさを緩めようと指を動かす。いつもほどではないが、少しずつ溢れてくる蜜が指の動きを滑らかにしていく。
「そう……そのまま、楽にして……」
指を中で回して、少しでも押し広げる。そうして引き抜くと、その場所はつぷ、と音を立てた。
「は、はぁ……あ……」
本当はもっと時間をかけて愛撫を加えてやらなければ蛍にとって辛い。しかし、と、古蝶は時計を見る。時間がないのだ。
いつもならば挿入しただけでイきそうになる蛍の身体でも、今は葛城の目がある。自分もそう簡単に絶頂を迎えられるわけではないだろう。
「蛍、ごめん」
古蝶は小さく呟いて、自分自身を握った。いつもほどではなくても、挿入できるほどには固く屹立している。
指を舐めて唾液をつけると、塗り込むように自分自身につけた。少しでも蛍の負担を軽くしなければならない。
「や!!いやっ!いやあぁあっ!!」
古蝶が蛍の膣口にそっとあてると、蛍は狂ったように身体をよじらせた。古蝶の胸が締め付けられるように痛む。
「蛍……」
「いやなのっ! お願い許して、かつらぎさ……!!」
蛍は完全に混乱しているようだった。無理もない。このまま挿入することはできない。せめて古蝶だ、と、名前を告げることができたなら蛍に少しでも自分を認識させることができたかもしれないが、それも許されてはいない。
「そのまま入れたところで、その女をイかせることくらいはできるだろうな。そういう風に仕込んだ身体だ。だが……」
くっくっと葛城は意地悪く笑ってみせる。そうすることで蛍の精神が壊れることを葛城はわかっているのだ。古蝶は唇をきつくきつく噛む。
「いや、いやあぁっ!」
蛍がもう一度叫んだ。そのあまりに悲痛な声に、古蝶は挿入を諦めると、蛍の髪を撫でた。
ここで続ければ、蛍も自分もこの獣から解放される。だが解放されたとしても、蛍の心はどうなってしまうかわからない。
蛍は女の姿をした自分を、綺麗だと、うっとりとそう言った。化粧を落とし男の姿で抱いても、自分ならば怖くないと、照れくさそうに微笑んでさえいた。
なのにそれを今、男の自分が壊してもいいだろうか。
「もう、大丈夫だから」
そう言って、蛍を抱きしめるように肌を合わせると髪を撫でる。頬を伝う涙を手のひらで優しく拭ってやる。
「ごめん、ごめんな……蛍」
「こちょう……さん……?」
低いままの声だったにもかかわらず、蛍の唇が、自分の名を呼んだ。古蝶の胸に、熱く込み上げてくるものがあった。
思わず、蛍の頭を抱きかかえるようにぐっと寄せる。
「ごめん……蛍」
「古蝶さん……泣いて……?」
古蝶の目からは、思わず涙が溢れていた。蛍を助けたつもりが、そのせいでこんな酷い目に遭わせている。出会わなければ良かったのだろうか。
頬に触れる蛍の頬は、自分の肌よりずっと柔らかい。こんなに柔らかい少女を、自分は壊すことなどできない。
しばらく無言のまま抱き合って、そうして蛍から身体を放した。起きあがる。壁の時計は、あと5分、時間を残していた。
ベッドから降りて、葛城に向かう。そうして、絨毯に膝をついた。
「お願いします。蛍は、蛍だけは……もう解放してやってください」
「ほう。私の条件は飲めないのか?何なら時間を延ばしてやってもいいんだぞ?」
古蝶は絨毯に額を擦りつけるように土下座した。
今まで力でこの男に屈服させられることはあっても、自分から頭を下げたのは初めてだ。涙はまだ止まらない。
「古蝶さん……私なら、大丈夫ですから……」
「いいんだ」
背後の蛍に短くそう言って、顔を上げた。葛城は眉を上げて自分を見下ろしている。
「蛍はもう充分あなたに傷つけられてきた。もう、いいでしょう?俺は、どんなことをされても構いませんから、蛍だけは」
そう言って、許しを得られるまで頭を床に落とし続ける。
葛城が片眉を上げて、立ち上がるとスーツの胸元に手を入れた。
取り出されたのは……拳銃だった。
「じゃあお前、蛍のために死ぬか?」
こめかみに冷たい鋼の感触。恐ろしくないわけがない。
だが古蝶は、顔を上げて葛城を睨めつけた。
「それで本当に蛍が助かるなら」
強い視線が絡んで、葛城がすう、と目を細めた。
すぐ近くで引き金にかけられた指の筋が動くのがわかる。
「やめて!やだ……古蝶さん……っ!!」
蛍が絶叫する。だが藻掻いても、両手両足をパイプに繋げられたまま、どうすることもできない。
古蝶はきつく目を瞑った。恐怖が身体を振るわせても、心は澄んでいた。
――自分は殺されるだろう。それでも蛍は助かる。
本来ならば4年前にこうされていてもおかしくなかった。それでも蛍と出逢えて、人を真実愛しく想うことを教わった。
愛しているという程に強い思いとは少し違っていたが、荒んでいた古蝶のこれまでの人生で、大切にしたいと思わせてくれたのは蛍が初めてだった。
蛍が好きだ。惜しくはない。
古蝶は瞳をつよく閉じた。黒い世界がそこにはあった。
「いやあぁあっ!!」
銃声は一度。
古蝶の身体がゆっくり絨毯に傾く姿が蛍の絶叫を迸らせた。
「嫌だ、いやあっ、古蝶さん!」
まだ細く煙のたちのぼる、サイレンサーのつけられた小ぶりの拳銃を手に降ろしたまま、葛城が蛍を向く。
蛍は目を見開いて、葛城をきつく睨んだ。真っ赤になった瞳は強く、今までの蛍とは違っていた。
「ふん……初めてだなあ、お前がそんな目をさせたのは」
せせら笑った葛城だったが、しばし泣きじゃくりながらも強い目をさせている蛍を見つめた後、諦めたように首を振った。
「興ざめだ。……おい、起きろ」
そう言って、すっと膝を折ると床に崩れ落ちたままの古蝶の頬を叩いた。
古蝶の身体が僅かに動いて、ゆっくりと頭を動かす。
蛍は驚愕したまま古蝶が生き返るのを見ていた。
「い、きてる……?」
「頬をかすめただけに済ませた。銃声で気絶したらしいな。殺してはいない」

葛城は廊下で待機している自分の部下たちを呼んだ。
「か、つらぎ……さん、あんた……?」
部下達に身体を支えられ、ソファーに座らされたようやく古蝶は、何度か頭を振って葛城を見た。葛城はワイングラスをくるくると回して冷たい瞳をさせたまま、古蝶と蛍の視線から逃げるように背を向けた。
「……今までお前にやったものは好きにしていい。蛍を追うこともしない。もう二度と、俺の前に姿を見せるな」
葛城は立ち上がって、窓際へと移動する。もう古蝶と蛍には何の興味もないと、背中が言っていた。
「悪くはない、選択だった」
「え?」
拘束から解放された蛍を腕の中に抱いた古蝶が、葛城の呟きにそちらを向く。蛍もまた、まだ泣き腫らしたままの瞳で怯えるように葛城を見やっていた。
葛城の表情は見えなかった。
「いや。――連れていけ」
冷たいままの声に戻り、顎で部下に指示を出す。黒服の二人の男は、古蝶と蛍の腕を掴むと、部屋を出ていくように促す。
「葛城さん!」
が、古蝶は少しそれに抵抗を見せて、葛城の名前を呼んだ。
スーツの黒い背中がぴくりと反応する。
「ありがとう……ございました」
古蝶は自分を掴んでいる部下たちの腕を一度振り払うと、深々と葛城に向かって頭を下げた。
礼を言う必要などないのかもしれない。この男に今までされた仕打ちを考えれば。
だが4年前、この男に命を危ぶむほど痛めつけられ、屈辱を思い知らされなければ今の自分は決してここにはいない。
恐らく、この獣よりもろくでもない人間に成り下がっていたに違いなかった。
顔を上げても、葛城は背を向けたままで、古蝶はその背を一瞥して、隣の蛍の肩をしっかりと抱く。 もう振り返らなかった。
「……私は私のやりかたで、お前達を愛してはいたんだがな」
窓硝子に映る葛城の薄ら笑みはどこまでも自嘲的だった。
手に入れた玩具を壊すまで遊び尽くすことで愛を表現する人間もいるのだと、恐らくあの二人には理解できないことを葛城は思った。
声は古蝶と蛍には届かなかった。だがそれで良かった。
最上階のこの部屋の眼下には、この街が一望できるほどの美しい夜景が広がっている。
――この街には、まだまだ自分を楽しませてくれる蝶がたくさん舞っている。ネオンに群がり、甘い蜜が欲しいとすり寄ってくる。
それでも、しばらくは退屈しそうだと、葛城は小さく息を吐き出した。

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