呉ノ朱

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  一. 

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――新着メール、1件。

花梨はその文字に少しギクリとした。
最近、妙なメールが届く。一日に、決まって一通。
花梨はマウスをカチカチとクリックして、メーラーを見た。
差出人は、crymore。クライモアと読むのだろうか。
中を見ずにそのまま削除することもできるが、何が書いてあるのか読まなくては気味が悪かった。

[件名] プレゼント(*はぁと*)

そのタイトルにうすら寒いものを感じながら、それでもクリックを続けるとパッとメールの本文が画面 に表示される。
その画面に、花梨は凍り付いた。
メールの本文の前に、画像が表示されている。自分の姿が、そこにあった。
服を脱ぎかけの、ほぼ裸になった自分の姿。花梨はパッとマウスから手を離す。一瞬で鼓動が息苦しい程に早鳴っている。
「なによ……これ……」
目を離せずに、そのまま本文に視線を移す。

[本文]
やあ、僕の可愛いフラウ。今日も元気だった?
今日は僕から君へ、プレゼントがあるんだ。
綺麗に撮れてるだろ?気に入ってくれると嬉しいな(*^_^*)


「気に入るわけ、ないじゃない……!」
恐怖と嫌悪で花梨は顔を歪めた。
この男にこんな風にこの男に絡まれるきっかけになったのは、あるチャットだった。


花梨が今年入学したばかりの高校は商業高校だ。授業のカリキュラムでは当然パソコンを使う。今年、高校に合格したお祝いに、と、買ってもらったのがこのノートパソコンだった。
自分だけのパソコンを手にして、とりあえずまずやってみたのはインターネットに接続することだった。
ずっと見たかった好きなバンドのホームページ、新しく知り合った友達が作っているというホームページを回って、そのリンクに表示されていたのが、あるコミュニティサイト。
クリックすると、カテゴライズされたテーマ別のチャットが並んでいた。中学時代、学校の図書館に置いてあったパソコンで、放課後に少しだけ友達と参加したことがある。
文字だけで、知らない人と会話するのは面白かった。入ったばかりの高校のこと、恋のこと、たいしてとりとめもない話だったが、毎晩のように花梨はそのチャットに通 った。フラウは、花梨のそのチャットでのハンドルネームだ。

だが通い始めて数日経った頃、妙なメールが届くようになった。
初めは、単なるイタズラかと思った。だがcrymoreの書くメールの文章には、明らかに花梨の私生活の情報が書かれていた。
今日学校帰りにどこへ寄ったとか、制服のスカートが少し短すぎるだとか、まるでストーカーのようなcrymoreのメールに、花梨は震えた。
このメールアドレスは、学校のごく親しい友達にしか教えていない。パソコンに詳しい友達に相談すると、チャットに入った時に、Eメール欄というところに正直に入力したせいではないかと教えられた。
それ以来、毎日決まって一通、crymoreからストーキングメールが届く。


忌々しく、長く伸ばしたマニキュアの塗ってある爪を噛む。するとまた、画面に新着メールのポップアップが出た。
「……また!?」
差出人、crymore。一日に、2通もメールが届くなど今までなかったことだ。花梨は震える指で、そのメールを開く。

[件名] 必ず読んでね(^o^)
[本文]
僕からのプレゼント、気に入ってもらえなかったみたいだね(T_T)
君がいつまでも僕を無視し続けるから、crymoreは少し怒ってるぞ〜
だから、そんなフラウに僕からお仕置きだヨ☆
http://www2.xxx.ne.jp/~crymore/xxx12840flower.html

これ、必ず見てね!!!!!!!!見ないと後悔するよ。


花梨は青くリンクのはられたそのアドレスをクリックした。
パッとブラウザが開いて、黒い画面が出る。
花梨は大きく目を見開いた。
「ひっ……!」
そこには、さっきcrymoreが送りつけてきたよりずっと過激な自分のヌード写真が何枚もある。それだけではない。自分が白人の男に前後から犯されている合成写真や、胸や身体に精液を浴びて笑っているように見える写真。
そしてその下に書かれていた文字に、更に花梨は戦慄した。

散里花梨、16歳。都立第三商業高校1年F組で〜す!
あたしとっても淫乱で、男が欲しくてたまらないの。誰か相手して(*^_^*)


――どうして自分の本名や、学校名がここに書かれているんだろう。
身体が震えて止まらない。眩暈がする程、恐怖に襲われていた。
それでも見ることをやめられず、その文字の下をスクロールしていくと、いつものメールと同じような文章が載っていた。

びっくりした?(^_^)v
でも安心して。このページはまだ誰にも公開してないから。
僕と花梨だけの秘密にしてあげてもいいんだけどなぁ〜
秘密にしてほしかったら、ここをクリックしてね(^_-)


秘密どころか、削除してほしいに決まっている。
こんなものをインターネット上に載せられたらどんなことになるか位、知識の乏しい花梨にも容易に想像がついた。
花梨は恐る恐る、リンク先をクリックする。
新しく開いたページは、プライベートチャットだった。入室者1名、crymoreとある。花梨は一度ためらった後、カチリと「入室する」と書かれたボタンを押した。

crymore : やあ、フラウ。待ってたよ(^o^)
フ ラ ウ : あなた、一体誰なんですか!?
crymore : 君の騎士だよ。君をいつも守ってるんだ(^^)/

言葉が通じないとは、このことだ。この男は異常者に違いない。
なんとかして、自分への嫌がらせをやめさせなければならない。
花梨はカタカタとキーボードを押した。

フ ラ ウ : どうしたらこういうの、やめてくれるの?
crymore : こういうのって、写真を削除してほしいってこと?
フ ラ ウ : 全部!メールとか、もう何もかもいやなの!
crymore : フラウの態度次第で、やめてあげてもいいよん(^_-)
フ ラ ウ : 態度次第って?

金銭でも要求するつもりだろうか。花梨はcrymoreの発言を待った。
だが次に更新された画面に書かれていた文字は、花梨の想像以上だった。

crymore : いま、この画面の前でオナニーしてみせてよ(*^_^*)


「なに、言ってんの!?」
花梨は顔を歪めた。そんなことできるわけがない。
マスターベーションをしたことは、花梨もあった。だが彼氏ができ、セックスを経験すると、自分で触るよりも人に触られる方が気持ち良い。花梨には今、彼氏はいなかったが、中学時代にもう経験は済ませてあった。
ふと、花梨は画面に向かって笑ってみせる。
「どうせ見えるわけないんだし……」
そう笑って、キーボードを再度叩いた。

フ ラ ウ : わかった。そしたら本当にやめてくれる?約束だよ?
crymore : うん。でもちゃんとやらなきゃダメだぞ〜(^o^)
フ ラ ウ : まず何すればいいの?
crymore : じゃあまず、足を広げてパンツの中に手を入れてみて。

花梨は少しの間を取って、書き込みを続ける。勿論、本当にするわけがない。

フ ラ ウ : 入れたよ……。なんか恥ずかしい。
crymore : どう?濡れてる?

「濡れるわけないじゃん。バッカじゃないの」
花梨は笑った。いつもあれだけ怖い思いをさせられたストーカーじみた男に少しでも仕返しができるかと思うと気分は悪くなかった。

フ ラ ウ : 濡れてる。興奮してるかも。
crymore : じゃあ指、入れてみて。
フ ラ ウ : んっ……。ちょっときつい……。
crymore : いいなあ。フラウのそこ、僕がジュルジュルしてあげたいよ(T_T)

「ホントにキモい……こいつ」
花梨の嘘を真に受けて、今頃自分のパソコンの前でマスターベーションをしているのだろうか。

フ ラ ウ : なんか感じてきちゃった……。
crymore :
crymore :


「あれ?」
花梨はエンターキーを何度か叩く。crymoreの発言が無記入のまま、何行か進む。 と、一文字ずつ画面 に文字が表示された。

crymore : う
crymore : そ
crymore : つ
crymore : き


「な……なに、コイツ……」
ゾクリと花梨の背筋に悪寒が走る。けれどその後表示されたcrymoreの発言はより恐ろしいものだった。

crymore : 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき(-_-#)

「こ、怖い……」
花梨は思わずキーボードから手を離した。パソコンの電源を切ってしまおうか。だが、そんなことをすればさっきの写 真をこの男はあらゆるところに流してしまうかもしれない。
花梨は震えながら、じっと待った。

crymore : いまから、フラウの家に行くよ。ちゃんとフラウがオナニーしてたか確かめさせてもらうからね。(-_-)

「なによそれ!……嘘でしょ……」
花梨は叫んだ。家の場所を知ってるはずがない、と打ち消そうとして、しかしこの男は自分の学校や本名まで調べ上げているのだ。家の場所などもっと簡単に調べられているのかもしれない。
花梨は立ち上がると、カーテンを締めた。そして部屋の鍵をかける。
今の時間、母親はパートに出ているし、父親は会社だ。花梨には大学生の兄が一人いるがいつも帰りが遅い。家にはあと数時間、自分の一人きりだ。
花梨はベッドに潜り、頭まで布団をかぶった。
不意に、机の上のケータイが目に入る。メモリには何件も友達の番号が入っている。誰かに電話をして、来てもらおうか。
そう思い、ケータイに手を伸ばした時だった。
ガチャリと、玄関の鍵が開けられる音がする。花梨はその音に凍り付いた。
……嘘。本当に、来たの……?
家族の誰かであるはずがない。花梨の身体にじわりと厭な汗が滲んだ。
ギシ、とドアの向こう、階段の下で誰かが家に入りこんだ音が聞こえた。誰かがいる。
「だ……誰……」
呟いた声が震える。布団を被ったまま、花梨はドアを凝視した。
ギシ、ギシッ、と誰かが階段を上がってくる音がする。
花梨の喉はもうカラカラに乾いていた。それなのに汗だけがじわじわと自分の肌を湿らせていく。
――怖い。
階段を軋む音が、止んだ。自分の鼓動の音が耳に大きく響く。
コンコン、とドアがノックされた。
花梨の心臓が跳ね上がる。
「誰っ!?」
叫ぶと、ドアの向こうからは聞き慣れた声が聞こえてきた。
「俺だけど……あのさ、お袋、今日パートで遅くなるからって」
「なんだ……あんたか……」
ぼそぼそと喋るのは、あまり顔も合わせない兄の声だった。
花梨はようやく息を大きく吸い込んだ。部屋着にしているスウェットがびっしょりと濡れるほど、厭な汗をかいている。
布団から起きるとできる限り冷静な顔をして、ドアの鍵を開けてノブを回す。
「で、何?」
「夕飯……なんかとって食べろって……」
睨むように見上げた兄は、ひょろりとした身体と目が覆い隠されるほどの前髪。見るからに暗い理系の大学生という容貌で花梨の目を見ずに店屋物のパンフレットを差し出す。
昔は仲の良い兄妹だった気もするが、花梨が中学に上がり、物心がつくとこの見るからにダサい兄の姿が友達に見られるのを、恥じるようになっていた。
花梨はパンフレットを受け取って、不意に思った。
「ねえ、あんたっていい大学行ってるんだから、パソコンも詳しいでしょ?」
「一応……」
花梨は兄を、一樹という名前では呼ばない。お兄ちゃん、と呼ぶ年でもなかったし、なんだかカッコ悪い、と思うのだ。
小声の兄を部屋の中に入れると、自分のパソコンを指さして見せた。
「なんかさ、コイツが超キモいのね。ストーカーみたいなことしてくんの。なんとか仕返しできないかと思ってさあ」
一樹は花梨のパソコンの椅子に座ると、マウスを慣れた仕草で扱ってメーラーを見る。そうして何やら操作をした。
「ここ……ヘッダーってところ……ここに相手のIPが表示されてるから、ちょっと調べればどこからメール送ってるかくらいは……わかる」
花梨は兄が指さした場所を見る。英語と数字の羅列で、花梨には何がなんだかわからない。
「難しいことはよくわかんないよ。で?どこから送られてるの?」
「ちょっと待って……」
そう言って一樹はブラウザを立ち上げると、何かを検索し始めた。そして花梨の何倍ものスピードで何かを記入して、エンターキーを押す。
パッとブラウザに表示されたのは、花梨の通っている高校の名前だった。
「これ、おまえの学校じゃないの……?」
「ほんとだ!じゃあ学校の誰かがって、こと!?」
「そこまではわかんないけど……学校の先生とかに、相談すればいいと思う……。あ」
一樹が声をあげた。新着メール、とポップアップが出る。
「いいよ、開いて」
カチカチ、と一樹がクリックすると、差出人はcrymore。
送信時間は、つい1分前だ。

[件名] びっくりした?
[本文]
ごめんね、ちょっと驚かせてみたかったんだ(^_^;)v
さっきのページは消しましたm(_ _)m
僕のこと、嫌いにならないでね(T_T)
フラウの騎士、crymoreより(はぁと)


「最悪っ!!」
花梨はイライラとテーブルを叩く。一樹がヘッダを表示させると、一部分だけ選択して色を変えてみせた。fromという部分に続いて、英文だが、確かに花梨の高校のアドレスらしき記述が載っていた。
「あたし、今からちょっと学校行ってくる」
「そう……でも、今から行っても……遅いんじゃないかな……」
確かにそうかもしれない。花梨は時計を見た。自転車でどんなに飛ばしても、高校までは15分はかかる。その間に逃げられたら元も子もない。
一樹は立ち上がると、部屋を出ていこうとした。
「あ、あたしピザがいい。マルゲリータで、生地はクラストね。間違えないでよ」
こくりと一樹は頷いて、隣の自分の部屋へと入って行く。
花梨は息を吐いて、暗くなり始めた部屋に電気を点ける。ピンクのラブソファーに座った。
――まさか、同じ高校とは思っていなかった。
だが同じ高校なら、自分のクラスを知っていても不思議ではない。あの裸の写真も、水泳の授業の時の着替えを撮られたのかもしれない。
「絶対……許さないんだから」
不意に視線を落とすと、左手の爪のネイルが剥がれていた。さっき噛んだ時だ。
花梨は、そのネイルをもう一度口に運ぶと、カリッと噛んだ。
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