呉ノ朱

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「氷……」
火に燃えなくて水に沈まないもの……氷。
男が出したクイズの答えにようやく辿りついた栢木は、そこから様々な情報の検索を開始していた。
馨がいるマンションは、いわゆる住宅用のものではない。元々ホテルだったという、都心から少し離れた場所にある巨大なそれは、50室×15階建て、というその部屋のほとんどに、あらゆるテナントが入っているようだった。
会計事務所、カルチャーの教室、デザイン事務所から、出張ヘルス、SMクラブ、そして暴力団事務所まで。そのひとつひとつを調べていくことなど、到底できない。
「氷、こおり、アイス……」
トントンと、指で机を叩く。こうしている間に、馨がどのようなことをされているのかわからない栢木ではない。
既に交信が途絶えてから1時間が経っていた。苛立つ自分を必死に押さえる。ここで熱くなったら、馨は助からない。
画面に表示された全テナントの名前や電話番号をひとつひとつ見て行くことはできない。氷、ice、アイス、そのどの言葉も検索に引っかからない。
警察には言えない。言えばたちまちあの余計な叔父連中にまで話は広まる。もし万が一馨が何かをされていた時、馨のプライドがそれを周囲に知られることを許さないだろう。
不意に、男が盗聴器を壊す直前、微かに呟いた言葉が思い出された。
アウフ・ヴィーダゼーェン。――Auf Wiedersehen. さようなら。
「……氷、ドイツ語で、Eis」
パン、とキーボードを跳ねた。 一件の表示。Eis Club。SMクラブ。
栢木は、一度大きく息を吐き出した。




「んっ、う……っ」
自分の喘ぎ声だけが、しんとした部屋に響いている。馨はもう、どうにかなってしまいそうだった。
一定の間隔で、完全に屹立した自分の突起に水が落とされる。そしてその水はクレバスを滑り、肌に染みて馨の身体を震わせる。
無理矢理に高められた性感に反して、刺激はその水滴の跳ねる一瞬だけだった。恐怖心などもうどこにもない。あるのは、自分では制御できない研ぎ澄まされた性感だけだ。
「はっ……う」
水の音。足を摺り合わせたくても、いっそ指で愛撫を加えたくても、それすら許されない。もう何も考えることができなかった。
突然、カタンと遠くで音がした。近づいてくる。けれどもう馨には、誰かが側にいて、そしてきっと濡れて滴っているに違いない大きく開かれた自分の秘所を見られているかもしれないことを羞恥する心さえも残っていない。
「――馨さま」
懐かしい声がする。栢木の声。そして、目隠しが解かれた。
うっすらと目を開けると、そこには栢木が立っていた。幻覚ではない。
「堪らないでしょう」
耳元に、熱い息が吹きかけられた。ぞくりと身体が震えて、涙が浮かぶ。
「栢木、これ……とめ、て……」
か細い声で懇願すると、くくっと引きつるような笑い声が聞こえた。
「何故?あなたはとても気持ちが良いはずだ。身体が溶けて、触れられたくて堪らない。かきまわされて、嬲られて、早く絶頂に達したいと思っている」
淡々と続けられる言葉は呪文のように、馨の脳を冒していく。
「栢木じゃ、ない……?」
僅かに残った理性で、馨は彼を見上げた。
男はうっすらと微笑んで、そして、自分の頭に手を乗せた。ずるりと黒い塊が滑り落ちて、金色に近い短髪があらわれる。
「あ、なた……っ」
さっきのサングラスの男だった。素顔を見て、馨は何が何だかわからなくなる。
栢木が、そこに立っているのではないかとさえ思う程に、男は栢木によく似ていた。男は一度に、と嗤うと、その黒い塊を頭に乗せ、軽くなじませて、こちらを向いた。
「あなた……誰、なの……」
栢木の双子の兄弟といわれでもすれば、納得ができる。異常な程に、彼は栢木だった。男は微笑む。微笑みまで、まるで栢木をコピーしたかのようにそっくり同じだ。
「覚えてはいないでしょうね。あなたの婚約者候補のうちの一人ですよ」
聞き覚えのある声だと思っていた。だが名前も、彼の元の顔も馨は思い出せない。顔を歪めたままの馨の上に、覆い被さるように男は乗った。
「顔をここまで変えるのは時間が要った。声帯まで手が回らなかったのは残念でしたが」
身体の上で、男が嗤う。馨の頭は混乱していた。栢木だ、と、視覚は認識するのに、いま、誰よりも会いたかった栢木なのに、彼ではない。
身体に落ち続けていたあの雫と、染みてくる薬の効果でもう馨は普段の馨ではない。夢を見ているように、ぼんやりと現実が曖昧に溶けている。
「あなたを……選ばなかった、仕返し……?」
震える声を飲み込みながら、必死に馨は自分と闘う。くじけるなと必死で自分自身を奮い立たせる。
「いいえ。貴女が彼といずれこうなるだろうということは、初めてお会いした時から思っていました。ですから、この計画を思いついたんですよ」
自分の上に、四つんばいになって覆い被さっている男の顔が、栢木のままで、例の厭な笑い方をした。
「精神調教においての一番のタブー、何だかご存じですか?」
つ、と、指が腹部から撫で上げられる。馨はぞくぞくと突き上げてくる快感に抗おうと、必死に目を瞑る。
「その人の大切なものを決して奪わないことです。精神のギリギリのところまで追いつめながら、たったひとつ、相手がとても大切にしている記憶だとか、思い出だとか……愛する人だとか、そういうものを決して壊さない」
指が下着に触れた。ゆっくりと、ゆっくりと、茂みに沈む。
「貴女は彼を愛している。兄のように父親のように恋人のように。当然でしょうね。我々に初めから勝ち目などない」
「ひっ、あっ、ああっ!!」
つ、と、痺れる程に感覚が研ぎ澄まされたそこに触れられて、馨は思わず叫ぶ。全身を駆けめぐる感覚があった。
「だから私は彼になり……私の意のままに、貴女も、そして三宮も手に入れることができる」
指が強く、クリトリスを擦った。馨の身体が大きく跳ねる。もう、自分の理性では制御できない。
「あ、あーっ!!」
突き上げていったのは、絶頂感だった。閉じることのできなくなった口端から、唾液がつ、と零れる。びくん、びくん、と、筋肉が弛緩する。
「か……しわ、ぎ……」
折れていく心の中で、馨は小さくその名前を呼んだ。




栢木は胸ポケットから小さな鍵を取り出すと、一番下の引き出しを開けた。
中には小さなジェラルミン製のケースが入っている。ずっしりと重いそれを両手で取り出すと、机の上に置いた。
鍵を合わせ、そして中央の鍵穴に別の鍵を差し込んで開くと、鈍色に光る拳銃が入っていた。
改造済み手動スライド式、32口径のワルサーPPK/S。警察用に小型軽量開発されたものを独自に改造した。いくらサイレンサーをつけたところで、オートマチックでは音が漏れる。そのために一発撃つごとに自分でスライドを引かなくてはならない、護身用の改造拳銃だった。
シャツの肩から提げたホルスターに慎重にそれをしまう。小型とはいえ、ずっしりとした重みがあった。
スーツの上着でそれを隠して、栢木は執事室を出た。
「栢木さん……」
ドアを出た先に、先程のメイドが青白い顔をして立っていた。
恐らく仕事も何も手につかなかったのだろう。
「馨様の居場所はわかりました。今から迎えに行きます。安心して、自分の仕事を通 常通り行っていなさい」
「は、はい……」
口調はいつもとは同じだが、明らかに張りつめた栢木の雰囲気に、メイドはいっそう顔を青くした。
その隣を通り抜けようとしながら、それから、と栢木は付け足す。
「もし2時間しても私と馨様が戻らない場合、総てのことを繁様にお伝えするように。それまでは決して誰にも言わないでください」
「わかりました。どうか……お気をつけて」
一度頷いて、栢木は長い廊下を歩いた。急がなければならない。そして何より、冷静にならなければ。
相手は愚かではない。こんな小さな拳銃ひとつで太刀打ちができるものか。
そしてまた、馨がいま、どのような状態に置かれているかを想像するだけで、苛立ちで身が焦げてしまいそうだった。
栢木は階段を駆け下りて一度、壁をバン、と叩く。
そうして上げた顔には、もう表情が無かった。




「あぁ……ん、ああぁっ!!」
これで何度目の絶頂だろう。身体の中でモーター音が止まない。
膣の中に入れられた細いバイブレーターは、何度も馨の内壁を擦り、そして細かく振動しては馨の感覚を休ませない。
理性など、とうに潰えていた。
奪われた暗い視界の奥で、ただチカチカと光る白い絶頂感が渦巻いている。
突然、ずるりと自分の中に収まっていたものが引き抜かれた。
「や、あ……」
その感覚にまた小さく喘いだ馨の視界がようやく自由になる。
視線の先に映った男が優しく微笑んだ。
「馨さま」
「か……、か、しわぎ……」
男が、栢木の姿をした男が、すっと床に跪いた。いつも栢木がそうするように。
そうして、足を固定していたテープを剥がしていく。馨は未だ、絶頂感の余韻の中にいた。
総てを剥がし終わった後、男は馨の太腿に頬ずりをする。
「善くして差し上げますよ。彼がするよりもずっと善く、もうこのことしか考えられない欲望に忠実な身体にして差し上げる」
太腿の内側をちろちろと舐められる。その舌が、拡げられている花弁に達した。
「ん、う……」
「こんなに溢れさせて……ぷっくりと充血して、いやらしいですね」
ぐちゅりと、音がする。男に触られたことで、自分のそこがどんな風にいやらしく腫れ上がっているかを認識させられる。
けれどもう、何もかもがどうでもいい。
男は舌についたそれを、滴らせながら馨を見た。舌からつ、と落ちる少し泡立って白く濁ったその雫は、水とは違う粘質をもって滴る。
「まるで花びらのようですよ」
生暖かい感触が、クレバスの中央に差し込まれた。余韻でまだ震えているそこは難なく男の舌を招き入れる。
「あ、ああっ」
「貴女の蜜はとても甘い」
栢木の声。栢木の顔が、うっとりと自分を舐っている。その表情に馨はいっそう感覚が強くなった。
「もっと……して……」
「可愛いおねだりだ」
くすりと嗤って、指と舌でクリトリスを翻弄される。思わず腕を引いて、手首の手錠がガチャガチャと音を立てた。
ああ、と栢木が身体を起こす。
「もうこれは必要ないですね」
カチャリと、手首の手錠が外される。そして馨の手首に少し残った傷を男は舐めた。男の顔が、すぐ近くにある。栢木の瞳。指が頬を撫でた。
「貴女は総てを持っている。私は貴女から何も、奪おうとは思っていません」
栢木が、自分を見ている。熱と快楽でぼんやりとした視界で、馨は彼の瞳を見た。栢木の唇が近づく。その一瞬に、馨は馨自身を取り戻した。
――違う。これは、栢木ではない。
「ちが、う。あなた……栢木じゃ、ないわ」
顔を逸らし、手首で男の肩を押した。どんなに精巧に顔を似せても、声を真似ても、瞳が違う。栢木が自分を見るときは、もっと。
男が眉を寄せた。
「……まだ理性が残っているとは、誉めて差し上げますよ。ですが大丈夫、そろそろ何もわからなくなります」
一度くっと嗤って、そしてまた自分の下腹部へと身体を移動させる。
突然、ぐっ、と指が入れられた。骨張った指が馨の幼いそこを押し広げる。
「ひっ、ああ!」
「中がとても熱くなっていますね」
自分の中で蠢く蛇のようなそれが、瞬間取り戻した馨自身を奪っていく。
指は内壁をそっと擦って、そしてくっと中で曲がった。指の腹が触れるそこが痺れるように強い快楽を引き起こす。
「いやっ、や、やああっ!」
「厭ではない筈ですが」
細かく内壁を刺激される。びくびくと身体が震える。指を包んでいる花弁が伸縮するのが自分でもわかる。
指は入れたまま、舌で男は突起を細かく愛撫した。またあの絶頂感が押し寄せてくる。
「だめっ、だめ……い、いっちゃうの……っ」
「何度でも、どうぞ」
くぐもった声で男は嗤った。視線の先に、栢木の笑顔。馨は栢木の頭を必死に押した。舌と指の動きだけが、思考を支配する。もう快楽以外の何も考えることなどできない。
「んっ、あっ……あぁっ!」
さっきバイブレーターに感じさせられていたのとは別種の絶頂。それは数段激しいものだった。腰が跳ねる。
高く、突き抜けていくようなそれは、馨の全身を震わせて、そして止まった。
「は、あ、あ……あ」
男の指と舌が離れる。遠くでカチャカチャという音。聞き慣れた音。
白く霞んだ視界の向こうで、栢木がベルトを外している。
馨は泣きたいくらい、それが嬉しい。
男のスボンの中央、ジッパーのあたりから、黒く屹立したものが現れた。男は嗤っている。
その笑顔に、馨はゆるゆると意識を取り戻す。
頭の中で、ふたつの声が闘っている。栢木だという声。違うという声。
男の手が、馨の足枷を外して太腿を持ち上げた。そしてギシ、とベッドが軋む。
「だめ……あなた、栢木じゃ……ない、わ……」
収まっていく絶頂感に、また少し、理性が回復する。馨の中はまるで嵐がかき回していったように混乱していた。それでも解る。
「栢木は……こうするときは、まずネクタイを、緩める、のよ」
馨は笑った。その言葉に男の顔が険しくなる。掴まれた太腿はまだ痙攣している。男の指で、栢木ではない男の指で感じてしまった。そしてこれから、自分は犯されようとしている。それでも馨の心は挫けなかった。
「それにあなた程……栢木は待ってはくれないもの」
栢木との性行為は、まだ数回だ。けれど栢木はいつももっと性急に、熱っぽく自分を求めた。必死で、自分がいかに彼に愛され、慈しまれているかを思い知らせるように、激しく。
喉が震えている。犯されるのは厭だ。けれどそんなことで、自分のプライドは少しも傷つかない。だから馨は笑った。
「少し黙っていていただきましょう」
拡げられたままの花弁に男のものがあたる。犯される。馨は叫びを必死に噛み殺す。屈しない。
見届けてやる。この男が、どんな風にして自分を犯すのか。
こんな卑怯な手で手折られたところで、自分には何も傷などつかないのだと、思い知らせてやればいい。
馨は目を見開いて、男を睨み付けた。
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