呉ノ朱

小説一覧 作品紹介 よくあるご質問 他サイトへのリンク 御感想はこちらへ 文字サイズ 大 中 小



 
   

この小説に関連するシリーズ
人物紹介・作品解説へ
馨はホールを見渡した。
現代の鹿鳴館とも賞されるこの三宮家のパーティーホールは、豪華な礼服を身に纏った、気位 だけが高い魑魅魍魎の集まりだ。
下流の人間がこの光景を見れば、さぞや羨ましがるかもしれないが、自分にとっては何一つ面 白いことなどない。
「馨さま。何かお飲物でも?」
「いいわ、栢木。控えてらっしゃい」
はっ、と一礼して栢木は馨の座った椅子の背後に立つ。
栢木は誇らしい気持ちで、自分の主人である馨を見つめた。
物心ついた頃から三宮家の頂点に君臨すべく育てられた、自分の小さな姫君。
16になったばかりとは思えない程の気品と、知性を持ち得ている。

白いシフォンのドレスから伸びる足は細く、ウェーブのかかった亜麻色の髪は美しい。何よりもその幼い顔に似合わない、勝ち気な瞳は猫を思わせた。
「この度は16歳のお誕生日おめでとうございます」
目の前に立ったのは見覚えのある顔だった。確か元華族の御曹司。
彼はうやうやしく馨の前に跪くと、馨の手を取ってそこに唇を寄せた。
「あなたは確か、楠川の」
「直輝と申します。どうぞお見知り置きを」
そうして顔を上げたその彼の瞳には、どこか媚びるような卑しい光りがある。
馨は唇だけで笑ってみせて、ええ、と言った。
何もこの男だけではない。この場に集められたのは、総て自分の花婿候補。
旧財閥としては最大級の名家、三宮家と、なんとかして関わりを持ちたいハイエナ共の集まりだ。
「……くだらない」
「そんなことを仰いますな。人に聞かれでもしたら」
眉を寄せた栢木がなだめると、くっと馨は苦笑した。
小さな、花のつぼみよりも可憐な唇が歪む。
「私がそんなへまをすると思う?」
「そうでございました。失礼を」
片眉を上げて、隣に立った栢木に笑ってみせる馨は、自分よりも10歳も年若い娘だとは到底栢木には思えない。
「馨、誰ぞ気に入った者は見つかったか?」
「お父様。私、気分が優れませんの。失礼してもいいかしら」
髭をたくわえた恰幅の良い男がのしのしと近づいてくる。馨の父親、繁だ。
だが、婿養子である彼はただの馨の保護者、表向きの傀儡にしかすぎない。
驚くべきことに、馨の経営手腕は10歳にして一族の誰よりも優れ、実質上の経営者となった。
それが、三宮の女の血だ。代々女しか生まれないこの三宮では、その総ての女子が高い能力をして家を守ってきた。今はもう亡い、馨の母親も、だ。
「そうかそうか。よし、では後は任せて休みなさい」
「ごめんなさいね。おやすみなさい」
馨は父親の頬にそっと口づけする。
自分の父親が年老いてできた馨を溺愛していることを、知っていた。
そして彼女の怖いところは、どうすれば娘よりも能力の劣る父親に、自分に反逆心を持たせずに愛させ続けられるかよく知っていることだ。
栢木は主人の父親である繁に一礼すると、馨の後に続いた。
栢木の主人は、繁ではない。あくまで馨なのだ。

始まりは、栢木がまだ高校生の頃だった。
会社を経営していた父親が、多額の負債を抱えて自殺した。
その時、その負債を総て背負い、自分を召し上げてくれたのが当時の三宮家の当主だった馨の母、澪子だった。
彼女は美しい人だった。それでいて一度も感情を表に出したことがない程に、完璧な女帝だった。
澪子は栢木に、馨の執事としてのありとあらゆる訓練を叩き込んだ。
ボディーガードとして、執事として、そして何より彼女が栢木に望んだのは、これから先、能面 をつけた敵ばかりの世界に歩き出さなければならない娘の、絶対の味方となって欲しいということ。
栢木が16、そして馨が6歳の時のことである。

「誰もかれも、間抜けな顔をして本当に呆れるったら」
「馨さま。そのようなことを仰っては」
あら、と、長い絨毯敷きの廊下で馨は栢木を振り返る。
「だってお前も見たでしょう? あの間抜け面!」
あははは、と、誰もいない廊下に馨の笑い声が響く。
栢木は小さく溜息を吐いた。
澪子が亡くなったのは2年前、馨が14の時のことである。澪子は亡くなる直前、栢木に消え入りそうな声でこう言った。
あの子は愛されることも愛することも知らない、私が教えてやれなかった。そうしてできることならば、お前が教えてやってほしい、と。
その言葉を聞かずとも、栢木はいつしか馨を愛し始めていたのだけれど。
もう10年、栢木にとって生きる総ての瞬間が、馨のためのものだった。
「……栢木。栢木!!」
「はい」
うっかりしていた。ドレスを脱ぎ去り、スリップ姿で大きなベッドに座った馨は、明らかに不機嫌だ。
足をぶらぶらと振りながら、つま先で栢木を指す。
「何をぼーっとしてるの? 靴を脱がせて頂戴」
「は」
跪き、足首に絡められたリボンを解く。
人形のような小さな足に銀色の靴がよく映えている。
「この靴、サイズが合わないの。靴擦れができてない? 今度こんなことしたらデザイナーを解雇するから」
「よく言いつけておきます」
栢木は最も馨に近い側近として、今や他の執事やメイドたちの頂点にいる。
だが、馨がこんな我が儘を言うのは、栢木に対してだけだった。
他のメイドや自分を取り巻く人間に対しては、馨は実にうまく立ち回る。
ひとつ叱ったら、ふたつ誉める。その緩急が絶妙なのだ。
だから馨にどんな厳しい言葉を投げつけられても、反旗を翻す者は周囲にはいない。
靴を脱がせ、失礼します、と告げて腿からガーターストッキングを外す。
白い絹の薄い布が、するすると白い足を滑っていく。
そうして裸になった足の裏を見れば、確かに小指の端が赤く腫れていた。
「少し赤くなっています。今、お薬を」
「いいわ。舐めて」
意外な命令に、栢木は顔を上げる。馨と目が合った。
悪戯で、まるで小悪魔のような表情。自分を試しているのだろうか。
「かしこまりました」
栢木は硝子細工を扱うようにそっと、馨の足を口元に寄せる。
唇で、そっと小指を挟んだ。すっかり冷えてしまっている。
口の中に含んだ。馨がいつも使う、薔薇のボディーローションの甘い香りと味。
「も、もういいわ」
馨の声が震えている。恐らく、試したのだ、自分を。
だが栢木は、馨の声が聞こえなかったふりをして、舌でぴちゃ、と小指と薬指の間を舐めた。びくりと馨の足が震える。
「聞こえなかったの!? もういいったら!」
馨が乱暴に足を引いた。だが栢木は止めるつもりはない。
どんなに知性があっても、どれほど権力を持っていても、栢木の前では馨は16の少女だ。
つ、と舌を上げていく。脛をなぞり、太腿へ。
「んぅっ……!」
馨が喘いだ。栢木は尚も執拗に、馨の身体に舌を這わせる。
「馨さま、あなたは何もわかってらっしゃらない。私は貴女の従者です。ですからあなたのご命令には忠実に従います。ですが」
少し口を離し、そこまで言ってから、ぴちゃ、と舌を太腿の内側まで滑らせた。
「あっ! あぁっ」
キャミソールの裾に頭をつっこむようにして、太腿と白い下着のぎりぎりの所を這った。びくびくと、馨の身体が痙攣する。
「もしさっきのハイエナどもに同じことを口走ってごらんなさい。……これだけでは済みませんよ」
そう言って、身体を起こした。
ベッドに倒れ込んだ馨が顔を赤くして、キッと自分を睨む。
「この……っバカ!」
足が栢木の胸を蹴った。だが一般的な16歳の少女に比べて、馨の身体はかなり小柄だ。少しも痛みなど感じない。総てを自分の意のままにしてきた姫君だ。一瞬でも自分の意のないところで勝手をされたのがたまらなく悔しいのだろう。
「忠実な飼い犬でも、あまりからかいが過ぎますと噛みつくこともある、ということです」
栢木は薄く笑ってみせる。普段本音を決して表すことのない馨に、こんな表情をさせることのできるのが自分だけかと思うと、どんな処罰も怖くはない。
「それで、馨さま。今日のあの中からお選びに?」
話題を変えて、背を向けてテーブルの上のポットを取った。
馨はいつも寝る前に紅茶を飲むのだ。
コポコポと心地良い音を立てて、クイーンメアリーの良い芳香が鼻孔をくすぐる。今日は特別 に神経をすり減らしただろう。ブランデーを落とした方がよいかもしれない。
「そうね。できる限り大人しい犬がいいわ、どうせ飼うなら」
「そうでしょうとも。私のように主人に噛みつく犬よりも」
くすくすと笑って、ブランデーを2、3滴落とした紅茶を手渡す。
馨はそれを一度口元に運んだかと思うと、突然栢木に浴びせかけた。
「か、馨さま……!」
「さっきのお返しよ!  おしおきがこれで済んだことに感謝するのね」
くつくつと、馨は笑う。
紅茶は猫舌な馨に合わせてぬるめに作ってあったから火傷はないものの、シャツには染みが残るだろう。
「本当に……無茶なことをなさる」
「何よ。当然でしょう? いやなら辞めて出ていけばいいじゃない」
栢木はネクタイを取り、シャツのボタンを取る。
このシャツはもう使い物にはならないだろう。そのまま床へと脱ぎ捨てた。
無言のまま、馨を見やる。その真剣な表情に、馨は思わずひるんだ。
「なによ、その目」
馨は少し鼓動が早くなっていた。こんな栢木は知らない。
いつもなら、仕方ないですね、と大人しく引き下がるところなのに。
「ではお言葉通り辞めさせていただきます。もうこれで、私と貴女は無関係です」
「何それ……」
栢木はベッドに足を沈ませる。 馨がじり、と、少しベッドの奥に下がった。
――馨は、人の心をあなどりすぎている。
「飼い犬でも噛むことがある、と、先程お教えしたばかりでしょう。
……では野良犬ではどうなります」

馨の上にのしかかるようにして見下ろす。こんな角度から彼女を見るのは初めてだ。
「な、何するつもり……人を呼ぶわよ」
「無駄です。メイドは皆パーティー会場に駆り出されています」
つ、とさっき自分が舌を這わせた太腿に指を滑らせる。
許される行為ではない。そんなことはわかっている。
「や、やめなさい」
「声を出しても、あちらの喧噪で届きますまい」
太腿を撫で、内股へ。指に白い絹の艶やかな感触があたった。
「んっ……!!」
「おや? 湿っているようですが」
指に力を込める。じゅ、と湿った感触が伝わってくる。
「そ、そんなことないわ! 今なら許してあげるから……っ!」
「許す? 私はもうあなたの下僕ではありません」
栢木は薄く笑った。こんな状態においても、彼女は自分の矜持を崩さない。
指を下着の上から何度か擦る。湿った布の奥で、屹立した若い蕾を探りあてた。
「ひっ!! んっ! んんんんっ」
栢木に触れられたそこに、未知の快楽が走る。
馨は思わずシーツを掴んだ。
「すごいですね、馨さま。もう下着が機能しておりませんよ?」
「馬鹿なこと……言わないでっ」
頬を紅潮させて、必死に快楽に耐えながら自分を睨み付ける馨は美しい。
栢木はたまらず、指を下着のサイドから中へと滑り込ませた。
溢れだした露が、しとどに溢れている。
「はっ……はあ……あん」
栢木の無骨な指が、馨の花唇を撫でた。
そのままくちゅっと音を立てて、侵入してくる。
「い、やぁ……抜いてぇ……」
「命令ではなく、お願いですか? 貴女らしくもない」
くくっと栢木は笑ってみせた。だが自分もそんなに余裕があるわけではない。
屹立した股間はとうに熱く、馨の奥に押し入れることだけを待っている。
栢木の手が、キャミソールをまくしあげた。
小ぶりな胸が、華奢な身体に似合っている。
「やっ、やめなさい!」
「やっといつもの調子が出ましたね」
そう言って、馨の乳首に唇をあてた。さっき、足の指を舐めた時と同じように乳首を舌で転がす。そして歯で挟むと、軽くしごいた。
「ひゃんっ! ひ……い」
馨の顎が仰け反った。その舌の動きに合わせて、膣の中にもう一本、指を入れていく。
きつい。指を押し出すほどの狭さと圧力が指にかかる。
「いやっ!! きつ……いの……」
「我慢なさい。これからもっとつらいですよ」
指ごときでこれでは、到底男性を向かい入れることなどできない。
ゆっくりと、指を中ですりあわせていく。
中指と薬指を膣内に入れて、人差し指でクリトリスを刺激した。
「あああっ! やっ、やだぁ……!」
びくびくと馨は腰を浮かせる。頭がぼうっと白くなる。
思わず手で、栢木の肩を押した。
「感じてきましたか?」
栢木が緩急をつけて、クリトリスを撫でる。
その度に馨の身体全身に、雷のような快感が走った。
「だいぶ、広がりましたね」
あれほどきつかった膣内が、なんとか指2本が楽に出し入れできるまでになった。
栢木は身体をずらすと、もう滴るほどに濡れた下着を抜き去った。
薄い茂みの中に頭を沈ませる。
「あ……あああっ!!」
ぴちゃぴちゃと、栢木の熱い舌がクリトリスを転がした。
軽く膣口に差し込み、そしてすぐに抜く。
指で蕾を刺激しながら、何度も摩擦するように舌でねぶる。
馨の視界が、ぼうっと白くなった。何かが込み上げてくる。
「だめっ! だめなの……何か来る……っ」
「それはね、いくって言うんですよ」
馨の両手が、栢木の頭をきつく押す。
内股がびくびくと震えている。栢木は尚も執拗にその部分を責めた。
「あっ! あっあっ……あああああっ!!」
馨の腰が僅かに浮く。栢木は指で強くクリトリスを弾いた。
「い、いく……っ!」
馨の腰が、一度浮いて止まると、びくびくと震えた。
そうしてばたっとベッドに沈む。
花唇からは、もう濡らす必要がない程に愛液が流れ出ていた。
「もう、充分に濡れましたね」
ぐったりと力を無くした馨の腰を、栢木は抱きかかえる。
スーツのジッパーを降ろし、中から待ちきれずに先をぬらぬらと光らせている自分自身を取り出した。
「な……なにを……」
「これで終わりだと思ったんですか?」
くすりと栢木は笑ってみせる。そうして、薔薇色に上気した頬に一度くちづけた。
実際、馨は性についてろくな知識がない。
小説や映画である程度は知っているだろうが、男性自身を見るのもこれが初めてだろう。
「そ、そんなの……無理よ……!」
ひっ、と馨が我に返った。思わず上へ逃げようともがくが、腰を抱きかかえられているので逃げられない。
「貴女が犬と侮ったあの男達も皆似たようなものを持っていますが?」
「いやっ! お願い、やめて……」
栢木は馨の言葉は無視し、亀頭を膣口にあてた。
「貴女に"お願い"されるなど……珍しいことです」
「お願いっ、いま止めてくれたら……許してあげるから」
あくまでも変わらない馨の可愛らしさに、栢木はたまらなくなってペニスの先を何度か上下に動かす。
「ひっ! あっ、あああっ」
「許してください、でしょう?」
一度苦笑して、先を押し込んだ。
「ひぃっ! いやっ!! いやあああっ!!」
「まだ先しか入っておりませんよ」
亀頭がほんの僅かおさまっただけだ。だがそれだけでも栢木にとっては堪らない快感だった。
「いたっ……痛いっ!! いやっ、痛いぃ」
「我慢なさい……っ」
ぐっ、ぐっ、と慎重に、狭い膣口を押し広げるようにして挿入する。
馨は、身を引き裂かれるような痛みに栢木の胸を押しのける。
「やっと……全部入りましたよ」
「きつ……い、抜いてぇ……」
喘ぐ馨の、苦痛に歪む顔も美しい。
栢木には何ともいえない征服感だった。妹のように愛し慈しんできた馨。けれど主人として、決して触れてはならなかった馨。その馨と今、繋がっている。
栢木は馨のクリトリスに触れた。少しずつ、緩めてやらなくてはとても動けない。
「馨さま、力を抜いて、そう……」
「ふっ……ふあ……」
先程絶頂を迎えて敏感になった馨の身体は、栢木の与える快感によく反応した。
少しずつ、自分を固く縛っていた馨の秘所が緩んでいく。
「動きますよ。少しお辛いでしょうが……」
「やっ! ひっ……」
ゆっくりと腰を引き抜く。狭くまだ若い花弁が、ねっとりと栢木を飲み込む。
栢木も女はそんなに知らなかったが、それでも彼女のここは、最上級のものだと確信できる。
「あっ! あぅっ……あああっ!」
「犬に噛まれるのはね、痛いものなんです」
顔を歪めた馨を、美しいと思う。辛いだろうとも思った。けれどいずれは経験しなければならないことだ。そしてプライドの高い馨が、例え夫となる相手であっても、痛いなどという弱みを見せることはできないはずだ。ならばいまのうちに、と栢木は思った。
それが、自分の欲望に正当性をもたせる言い訳にしか過ぎないとしても。
「いずれは、しなければならないことです……慣れなさい」
「はっ! うっ……そんな……っ」
少しでも馨が辛くないようにと、刺激しながら栢木は尚も動く。
馨のまだ幼い花は、それでも栢木自身を刺激してやまない。
「あなたの……夫になる方は幸せだ」
美しさ、そして溢れんばかりの才能と、この身体。自分は決して彼女の夫になれない。いつまでも忠実な従者として見守り続けるしかないと思っていた。
それが今日、彼女に媚びへつらう男たちを見て……堪らなくなった。
きっとこのうちの誰よりも、自分は馨のことを知り、そして愛している。なのに決して触れることができない。……それならば、いっそ。
「あっ! あっ、あぁっ、あっ!!」
「……っ、そんなに締めたら……」
くっと馨の奥がうねった。たまらずに栢木は喘ぐ。もう、刺激しながら動いてやることはできない。
腰の動きを早めた。あふれ出す蜜は、粘りついて栢木の快感を激しいものにする。
「んっ! んんんっ、あああぁ!!」
「馨さま……かお、る……さま!」
ぐっと、馨の肩を抱いた。絶頂感が栢木の腰を震わせる。
絶頂がピークに達する直前、栢木は馨の中から自分自身を引き抜いた。
手の刺激を待たずに、馨の腹部に、白濁した栢木の欲望が吐き出された。
「はっ、は、はあ……」
「かおる、さま……」
荒い息を吐く馨を心配気に見下ろして、栢木は汗で馨の頬にまとわりついた髪を払う。
そうしてベッドサイドに置かれたナイトテーブルの上からティッシュを取ると、自分が吐き出したものを拭き取った。
「……栢木……」
「は、い」
名前を呼ばれて、どきりとする。処分は覚悟の上だった。もうこれで、馨の顔を見ることもできなくなる。
勿論、最初に馨が出ていけと言ったのは本気でないこともわかっていた。けれどこれ以上馨の側にいれば、遅かれ早かれ同じことをしていただろう。
「とんだことを、してくれたわね……」
「はい。覚悟の上です。……今まで、お世話に……っ!?」
続きを、馨に強引に引き寄せられ、唇で奪われる。
「馨さま!?」
「本当に、お前って鈍いんだから」
顔離した馨の表情は、あの、小悪魔のような笑み。栢木はあっけにとられて思わずそれを凝視する。
「お前が私のことを好きだなんて、とうに知ってたわ。今日の誕生日パーティーが婚約者選びだなんて、真っ赤な嘘」
「えっ……!?」
馨は乱れたキャミソールの裾を両手で直した。ウェーブの髪を、鬱陶しそうに肩から跳ね上げる。
「お前に覚悟とやらをつけさせてやるためよ。私を抱いたってことは、それなりに考えがあってのことでしょう?」
「は、はい」
馨は勝ち気な瞳のまま、ベッドサイドに呆然と立ち尽くした栢木を見上げた。
「じゃあ、明日からは私と同じテーブルで食事をとってもらうわ。婚約者だったら、当然よね?」
「はい……えっ、え!?」
頷いて、馨を見上げる。婚約者、と、馨は言った。それが馨の処分ということだろうか。
――反論など、あるはずがない。
ようやく微笑んだ栢木に、馨はくすりと一度笑って、甘えるように両手を指しだした。
「わかったら、さっさとバスルームに連れてって頂戴。汚れたシーツも換えてね」
「はい」
馨をふわりと抱き上げる。ふと、抱き上げた馨の軽い体が震えていた。
――強がって、いらっしゃる。
栢木はくすりと笑った。本当は、怖かったに違いない。それでもこうしていつもの自分を保とうとする馨が、とても誇らしく、愛おしかった。
「? 何よ」
「いえ。けれど私が馨さまの夫として務まりますかどうか」
部屋に隣接した馨専用のバスルームへと向かいながら、腕の中の小さな姫に微笑んでみせる。
「自信持ちなさい。私が、栢木がいいって言ってるんだから。……でも」
「でも、何ですか?」
口ごもった馨は、頬を紅潮させて少し俯いた。今まで見せたことのない表情に、栢木はどきりとする。
「あんなに痛いものだとは思わなかったわ」
馨らしくない、歯切れの悪い声で小さく呟く。栢木は思わず声をあげて、笑った。
「じきに良くなりますよ。……バスルームで練習、いたしましょうか?」
腕に感じる重みは、心地いい。
耳元で囁くと、腕の中の小さな薔薇は、ますます赤く染まった。
  このページのトップへ
小説一覧へ
   
     
サイトマップ サイト概要 お問い合わせ  
Copyright(c)2004 - Kurenoaka. All Rights Reserved.