呉ノ朱

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  愛などない
  七.  

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「イチノちゃん、キレイようー」
生母の形見だという地味めな振袖を着せられ、和室の姿見の前に立った一乃を、百花が微笑みながら憧憬の眼差しで見上げてくる。
だが一乃はそれに素直に同意できなかった。
「そうか?どう見ても……」
演歌歌手だ。
振袖など成人式以来身につけておらず、何やら落ち着かない心地がした。
古紫地に、白と薄黄の花、銀の刺繍があしらわれたこの振袖も、背ばかりが高くいかり肩で胸も大きい一乃に着られては、張り合いもないだろう。
「モモも成人式には、うーんとゼイタクさせてもらおうっと」
「喜んでするさ。あの人は格別おまえが可愛いんだから」
背伸びしてメイクや髪の手直しをしながら我が儘を言う妹は愛らしく、一乃は鏡の向こうの百花に微笑んだ。
「準備できた?……ってうわ!」
行儀悪くも襖を足で広げて開けた十巴は、一乃の着飾った姿に目を見開いて、固まる。
「……なんつうか、演歌歌手っぽい……」
「だろう?」
十巴の的を射た発言に、よくぞ言ってくれたと声を立てて笑えば、頬にチークブラシを滑らせていた百花が、非難の声をあげる。
「あん、ダメだったらトモエちゃん、メイク中に笑わせたらー!」
「違う違う、なんかスゲー感動して、マジで何て言っていいかわかんなくなっちゃったんだって!」
十巴に向かって唇をとがらせた百花に慌てて弁解してみせた後、彼女は羨むような視線を一乃に向けて、微笑んだ。
「ホントに……キレイだよ、イチ姉」
心底感嘆したような甘いトーンの優しいその声に、まるで口説かれているような錯覚を受けて、一乃はなんとなく気恥ずかしくなる。
しかし十巴はどうも昔から一乃贔屓なところがある。その言葉を鵜呑みにはできない。それでも僅かに速まった鼓動から、彼女が女生徒に人気が高い理由は理解できた。
「一乃は自分の見せ方を知らないだけなんだと思う」
一乃の背後に立ち共に鏡に映っている末妹の千尋が、濃淡のない声で言った。 そうして無表情のまま、ちろりと十巴を見やる。
「十巴みたいに何やっても無駄な人間もいるけど」
「ち、千尋……!」
いつもの千尋の嫌味にみるみる頭に血をのぼらせていく十巴をなだめようと、手を伸ばしかけたところで、ぴしゃりと百花にそれを叩き落とされた。
「もうっ、動かないで!トモエちゃんとチイちゃんもケンカしないの!」
百花の厳しい叱責に、十巴も千尋も母親に叱られた子供のような顔をして、背筋を伸ばした。
その騒ぎをくつくつと声をあげて笑い、横目で眺めながら、ああ、心はこんなに傷つき疲れても、自分はまだ笑えるのだ、と一乃は思った。



黒塗りの車に乗せられて着いた先は、厳かな門構えの高級料亭だった。
後部座席の隣に無言のまま座っていた父親は、振袖姿の一乃をちらりと見て、きれいじゃないか、と恥ずかしそうに一言だけ、言った。
図らずも初めて彼から与えられた賛辞に、一乃はなんだかとてもいたたまれない気持ちになって、逃げ出すことなど考えられなかった。
白倉の顔が浮かばないわけではなかった。
けれどもう、考えてもどうにもなることでもない。
例えばここで一乃がこの見合いを拒んでも、それはそのまま妹たちへ影響する。皆それぞれに少女らしい夢がある。そんなことはさせられない。
妹たちが生まれるまでの十年近く、自分は藤篠の一人娘として徹底して育てられてきた。男に生まれられなかった自分は、いつか名家に嫁ぐための道具として。その父親のくだらない自尊心を花嫁道具に、自分だけがこのまま嫁げばいい。
願うことも欲しいものももう、一乃には何もないのだから。
心は寂しく澄んでいた。
けれど自分は恋を知った。それだけで、もう充分だ。
車は一乃を降ろし走り去ってゆく。門のところで、扇子をぱたぱたとさせていたふくよかなスーツ姿の伯母が手を振っていた。
一乃は感傷を止めて、門をくぐった。


振袖の裾を指でつまみながら歩けば、見事としか言いようのない日本庭園が広がって、一乃は改めて、自分の、そして相手の出自がどういうものかを思い知らされる。
「先方はまだお着きになられておりませんので、暫しこちらでお待ちくださいませ」
仲居に案内されながら、旅館と離れのように繋がっている料亭の個室に通された。
本来ならば好みなはずの、趣味のいい部屋に伯母と座りながら、頭に浮かぶのは白倉の顔だけだった。
廊下の向こうの日本庭園を見やる。
あの塀を乗り越えて、白倉がここから攫いに来たりしないだろうかなどとぼんやり思って、自分の抜けきらない少女趣味に、ほとほと呆れた。
……もう、終わったことだ。
「化粧直しに」
伯母に一礼して、立ち上がる。
顔でも洗ってさっぱりしたいところだったが、百花に施された化粧のため、それもできない。
それでも少しひとりになって、白倉によって散らかされた心を片づけたかった。

元来た道をただ戻り、玄関の方へと歩いていったつもりだった。
だが料亭内はあまりにも広く廊下は分岐していて、ぐるぐると迷ううちにいつしか旅館の方にまで来てしまっていたのだと、気づいた時にはもう遅い。
いまや自分がどこにいるかさえわからなくなってしまっていた。
「弱ったな……」
誰かをつかまえて聞こうにも、仲居達は忙しそうにしていて、なんとなく気後れする。弱り果 てて、大きな溜息をひとつ、ついたときだった。
「どうかされましたか?」
背後から声をかけられて、一乃は安堵に振り向いた。
そして、全身を硬直させる。
「道にでも、迷われましたか」
くすくすと忍び笑いをして、目の前に立っているのは……白倉だった。
見慣れた制服姿ではなくラフな私服姿で、平然と一乃の背後に立っていた。
「しっ、白倉!?」
「はい」
どうしてここに、と続けようとした一乃は、白倉の舐め回すように見る視線に余計に緊張する。
だが、彼はうっとりと、微笑んだ。
「――やはり、あなたはきれいだ」
「!」
眼鏡をかけていない顔を、百花が丁寧に化粧を施した顔を、白倉にまっすぐに見られていることが恥ずかしい。
顔を赤くし俯いた一乃の横腹、帯のあたりに白倉は軽く手を寄せ、廊下を進ませる。
「さ、こっちです」
「え?」
白倉に導かれるままに、手入れの行き届いた廊下を進む。
廊下は次第に奥まって、薄暗くなっていった。
仲居の姿も客の姿も見あたらない。
白倉は最奥の一室の格子状に木が組まれた作りの引き戸をガラリと開けた。
裏口か何かだろうか、と思い覗き込んだ一乃の背中を、突如白倉がその中へと突き飛ばす。
「なっ……!?」
引き戸の向こうには、三和土のようなスペースがあった。そして襖を隔たその部屋は旅館の一室なのだと瞬間的に悟る。
足をもつれさせながら部屋の中程まで進み、そして一乃は畳に倒れた。
「な、なんで、ここに……!?」
突き飛ばされたことより、彼がいまここにいるということに驚愕して見上げれば、白倉は板引き戸に鍵をかけ、襖を後ろ手で閉じているところだ。
ピシャン、という音に続いて、鍵のかかる音。
「良い部屋でしょう。この旅館とは、祖父の代からのつきあいで」
「そんなことが聞きたいんじゃない!」
怒鳴ってみても、白倉は一向に介することなくにこにこと、上機嫌で一乃に近づいてくる。
なんとなく彼が恐ろしくなって、逃げようとしても腰が抜けたように立てなかった。身体を起こすよう手に力を込めても、慣れない帯が重力となって、一乃の身体を畳へと戻してしまう。
「どうして、ここに、いるんだ……」
「わかっているでしょう?」
白倉はジリジリと一乃を追いつめた後、畳に膝をつき動物が獲物を捕らえるときのような姿勢になって、一乃に覆い被さった。
真実愉しくてたまらないという笑顔で、一乃の顔のすぐ横に手を置く。
「わ、わからない!」
一乃はひきつった表情のまま、白倉を見上げていた。
着物は、髪は乱れてしまっているだろう。だがそんなことよりも、どうしてまた白倉にこうして組み敷かれているのか、理解ができない。
見上げた先の白倉は初めて見る私服姿で、彼らしいシンプルだがセンスの良いものだ。それがいっそう彼の端正な容姿を際だたせている。
一乃もまたモノトーンの通勤服姿ではなく、眼鏡もかけていない。
つまりここはもう、学校ではない。自分たちはもう教師と生徒ではない。
だが、白倉は言っていたではないか。
「実験だと、嘘だったと……」
――愛など、ないと。
責めるように問うように叫びかけた言葉は、途中で白倉の唇に塞がれてしまった。一乃は一度目を見開き、そしてぎゅっと瞑る。
諦めたはずの……手放したはずの体温が、どうしたらいいだろう、こんなにも愛おしい。
感傷で涙がにじんでしまいそうだった。
離れた白倉の唇は一乃の口紅で染まり赤く艶めいて、鮮やかすぎる。
「そう、ですね。ですが、先生への気持ちが嘘だとは一言も……」
笑顔のままで言いかけて、白倉は言葉を止めた。
一乃の目尻から、涙が細く、流れ落ちている。
白倉は困ったようにくすりと微笑んで、そこに唇をあてた。そのまま一乃の身体の上に覆い被さり、二人、畳に横たわったままで頭を抱く。
「……先生、僕はそんなに余裕があるように見えますか」
「見える」
白倉の憂いを帯びた静かな囁きに、答えた一乃の声は涙混じりに拗ねて、子供のようだった。
耳元でそれに反応し、白倉がくすくすと笑う。そうして顔を上げた。切ない瞳が真っ直ぐに見下ろしていた。
「あなたとは八歳も違う。しかもあなたは教師で、僕を嫌っていた」
淡々とした声は微笑みの形の唇から発せられているのに切なげで、一乃は涙を止めた。
「並大抵の努力ではね、あなたを手に入れることなどできそうになかったんですよ」
いくら僕でもね、と白倉は微笑わずに言った。
彼は疲れているようにも見えた。目を細めて言葉をただ続ける。
「あれ程非道いことをしても泣かなかったあなたにキスひとつで泣かれた時は……さすがに傷つきました。そんなに嫌だったのかと」
ひそやかに言って、親指で一乃の目尻の涙痕を消す。
一乃の脳裏に、あの時の彼の顔が蘇った。完全に笑顔を失くした、白倉のあの凍った表情。
……彼はあの時、傷ついていたのだ。
失望ではない。失望ではなかった。それは嬉しい驚愕だったが、弁解しようと起きあがりかけた一乃の身体を、帯の重さが畳に引き戻す。
「あ、あれは!」
「わかっています」
誤解だ、と告げるまでもなく、白倉は微笑む。
こんどは切なげなものではなく、幸福そうだった。
「一乃さんは、誰よりも少女らしい」
初めて名前で呼ばれて、カッと頬が熱くなる。
くすくすとからかうように白倉は一乃を見下ろし続ける。
「本当はこうして見合いの席で攫われてしまうようなロマンティック、大好きですね?」
「…………っ」
誰にも見せてこなかった自分をいとも簡単に見透かされて、一乃は真っ赤な顔を逸らす。
ひそやかに声を立てて笑い続けている白倉が、その一乃の頭を寄せるようにして抱いた。あはは、と快活に白倉が笑う。
「なんて、可憐なんだろう」
頭を抱きしめられたまま感嘆のようにそう言って、白倉の腕に力がこめられる。 すっと、着物の裾を指で割られるのが感触でわかった。
抵抗しようにも、白倉の肩口を重く身体の上に載せられては動くことができない。顔のすぐ上で真剣な瞳が見つめている。
あの帯緑色の澄んだ瞳に見つめられることがこんなにも恥ずかしいのに、絶対的な支配力を持って、目を逸らすのを許されない。
「他の男になど、渡せるはずがない」
ストレートな愛の言葉は、一乃の胸を熱く震わせた。
羞恥と喜びで目は潤み、心臓は激しく鳴って一乃は硬直する。
観察するように見つめていた白倉が、その一乃の反応にからかうように笑った。
「ほら、喜んだ」
「う、うるさい」
白倉は一乃の反応を明らかに愉しんでいた。
手が襦袢まで割って、生の肌に触れた。つうと太腿から上がってくる。
目眩のような動悸と羞恥の中で指一本動かせることもできずに、白倉にされるがままだ。
ふと、ひとつのことに気づいた。けれど気づいた時にはもう遅かった。
白倉の指が、その先の茂みに触れてぴくりと止まった。
「……今日はとうとう下着を着けていないんですね」
僅かに眉を上げ、目を輝かせて白倉は微笑う。
とうとう、というのは前回のパンティストッキングのことを言っているのだとわかり、羞恥にいっそう一乃の動悸は激しくなる。
「あなたには、驚かされるばかりだ」
「あ……ぁ……っ」
指がクリトリスを摘んで、擦り上げた。ちろちろと愛液を誘うように膣の入り口を撫でられて、一乃は白倉のニットを掴む。
だが、軽く弄んだ後、白倉はすぐに指をそこから離して身体を起こした。
「ですが残念ながら、先生を攫いにきたわけでは……ないんですよ」
そっと服を掴みかけた一乃の手に、手を載せることで牽制した白倉は、身体を起こす。その仕草に言葉に突き放されたように思えて、半端に放置された熱と共に、一乃は不安な表情をさせた。
「忘れ物を、取りにきました」
白倉はそんな一乃の胸中を知ってか知らずか、にっこりと笑って立ち上がる。 去っていく体温が惜しかった。
「忘れ……もの?」
「はい」
立ち上がったまま一乃を一瞥した白倉が、突然上着を脱いで上半身を裸にさせた。その行動にわけもわからず、一乃は目を見開いてただその裸の身体を見やる。
思えば、あれだけいやらしいことをしていながら、白倉は一度も服を脱がなかった。彼の裸体を見るのは初めてなのだ。一乃が驚き、はじらわないわけがない。だが白倉はそれを気を留めることもなく、続いて靴下を、パンツを下着をするすると脱いでゆく。
脱いでいるのは一乃ではないのに、白倉の裸を見ることがたまらなく気恥ずかしくて、目を逸らしたいのに逸らせない。
くるりと一乃を向いて、近づいて来る白倉の裸体は美しかった。滑らかな若い肌と、髪と同じ色の栗色の茂み、そしてそこには若い男性自身が屹立している。
「先生の処女を、いただくのを忘れていました」
白倉は畳に膝をつくと、淀みない仕草で素早く足を持ち上げた。呆然としたままだった一乃はようやく覚醒して、慌てて手を伸ばして止めようとするが、遅い。
「言っていたことと、違……!」
軽々と腰は持ち上げられ引き寄せられ、白倉ははだけさせた一乃の裾の間に入り込んでしまった。
そうして一乃の太腿の間の顔で、にっこりと笑う。
「はい。ですから、結婚しましょう」
「!?」
白倉が何を言っているのか、一乃には理解できなかった。
耳を疑うような言葉に再び呆然とし抵抗を忘れた一乃の、その秘所に、白倉の指が触れる。
言葉と触れる仕草に翻弄され、何を返事してよいかわからない。
「ぉ……まえは……まだ、学生で……」
「はい。進学もします。ですから、先生には贅沢などさせてあげられませんが」
白倉は片手で一乃の腰を支えながら、一旦愛撫の手を止めると背後に置いた畳まれた服のところに身体を捻り、書類のようなものを取った。
それを帯の上にすっと置く。
一乃はギクリとした。白倉から書類を渡されるのはこれで三度目だ。そして二度とも、ろくなものではなかった。
……まさかまた、盗撮写真ではないだろうな。
疑うように白倉を一瞥した後、怖れるように手にとった一乃は、だがやはり今迄と同じ驚愕の表情をして、その紙を見ることとなった。
ころころと衿の上を一緒に置かれていた小さなケースが滑って、一乃の喉で止まる。その喉を唾液が嚥下されていった。
婚姻届。
驚くべきことに、一乃の欄までも自分とほぼ同じ筆跡で埋められている。喉もとに当たっている小さなこのケースは、おそらく藤篠姓の印鑑だ。
あとは一乃がサインと捺印すれば済むように、それは完璧に用意されていた。
「こ……っ、公文書偽造だ……っ……」
「僕も必死だったんです。大目に見てください」
喜んで良いのか叱っていいのか、何を思いどう反応すれば良いのかわからない。白倉はいつものように悪びれもせずにそう言ったが、その表情はどこか弱っているようにも見えた。
これが普通の高校生の男であれば、夢を見るなと笑い飛ばすところだった。だが、白倉はいわゆる普通 の高校生男子ではない。
彼は総てわかったうえで、彼得意の冗談でもなくまた嘘でもなく、本気の覚悟を持って言っている。
嘘をつかないと明言しても何処か信じ難かった彼の言葉と態度の中で、いまこの瞬間、そのことだけは確信できた。
それでも、真意を悟らせることなく、白倉が愛撫の指を再開したため、快楽でぼうっとした頭は正常な判断力を無くし始めている。
白倉が身体を折って、一乃の腰を上げさせるとそこに舌を這わせる。
「あ……ぁ、っ!」
帯に隠された向こうで、栗色の髪が揺れている。
あの美しい色をした瞳が自分の濡れているであろうそこを、そして表情を見ている。そのことがこんなにも幸福で、嬉しい。
舌は一乃の敏感な蕾を、襞をしとどに舐めてもう何も考えることなどできなかった。
だが白倉は突然ぴたりと、愛撫の手と舌を止める。
そうして 一乃の腰を自分の太腿の上に乗せ、帯のあたりを掴んで引き寄せる。溶かされた襞に、憶えのある感触のものがあたった。
「さあ、そろそろ認めておしまいなさい。――僕が、好きでしょう?」
「っ!」
白倉の体温がその触れた一点から伝わってくる。今度こそは正当な場所にあたる、それ。
白倉はにっこりと微笑んだままで一乃と視線を絡めながら、一乃の襞を蕾を擦り上げるようにそれを僅かに上下させる。
そのことに与えられる快楽は、彼のように意地悪く、たまらない。
「答えないなら、挿れて差し上げませんよ」
「だっ、誰が……!」
一乃は挿入を望む気持ちに耐えながら、自分の指を噛んだ。その指で抑えなければ、叫んでしまいそうだった。――貫いてくれ、と。
白倉はそんな一乃の内心を見抜いたように微苦笑して、襞に自分の男性自身を擦りつけていた手を止める。
「ほんとうに、かたくなな人だ」
諦めの吐息と、そこが愛おしくてたまらないとでも言いたげに慈しみのある声で呟いて、白倉は掴んだ一乃の腰を、荒々しく一気に引きつけた。
僅かに抵抗する襞が強い圧力で左右に割られる。
統べる瞳が見下ろして、一乃を隷属させる。白倉は返事を待たなかった。
「もう諦めて、僕のものになりなさい……!」
ぐ、と先端が一乃の身体を侵食する。
白倉の唾液とそれに導かれた一乃の愛液でじっとりと濡れたそこは、もう白倉を拒むことをしなかった。
「…ひ……っ…ぁ!!」
後ろを貫かれた時とは、まるで違う挿入感。
ざりざりと膣壁を削るように白倉が、来る。痛みかも快楽かもわからない程の強い感電が、繋がったそこから髪の先まで走り抜けてゆく。
狭い場所を無理矢理に開かれる破瓜の痛みと、待ち望んでいたものを受け容れているという快楽が同時に一乃の脳を痺れさせる。
白倉の欲望は、もう待ってはくれなかった。
「あ、ぁ……う、動く……な……っ」
「無理、ですよ。あなたの前では僕は子供になる……」
あまりに激しく、情熱を叩きつけられるように奥まで突き上げられたことへの一乃の抗議に、白倉は吐息混じりの艶めいた声で言った。
圧迫感だけでも凄まじいのに、白倉は構わずに一乃の腰を掴んで激しく揺さぶる。
「僕は、好きな子をつい虐めてしまう、小学生……です」
「あっ!……は……っ」

息を乱れさせながらくすりと笑ってみせた白倉をもう、生徒だと一乃は思えなかった。そしていま彼と結ばれている自分もまた、教師ではない。
「そしてあなたは……僕に虐められて泣く、女の子だ……!」
「あっ!ぁっ……あ、あ……っ!!」

息を切らしながらの白倉の言葉は、一乃を悦ばせていた。
溢れ出した愛液と少しの血で泥濘したそこは、白倉から与えられる痛みを得れば得るほどに強く、彼の想いを一乃に認識させた。
どれ程願い続けても得られなかった、いつしか諦めていた総てを、いまこの男から与えられている。
鼻の奥がツンと痛い。喉がぶるぶると震え始める。
「一乃、さん……?」
白倉は眼下の一乃に視線を落とすと、はたと声を止めた。
一乃は手のひらで顔を覆っている。隙間から見える唇は噛みしめられて色を失っていた。
―― 一乃は、泣き出してしまっていた。
もう誰に憚ることなく、だが少女のようなはじらいを持って唇を噛みしめ泣いているその姿を、白倉は心底愛しいと目眩のように思う。幾度となく思う。追憶のように思う。
一乃は必死に白倉へと手を伸ばす。抱きしめてくれ、とばかりに。
仕様のない人だな、と微苦笑して、白倉は初めて彼女から自分に向かって伸ばされた腕を首に絡ませ、一乃を強く抱きしめた。
「……先生、叱ってください」
「あ……ぁっ!あ」
耳元で甘い囁き。
先生、と何度も囁かれることで一乃の興奮はいっそう激しくなる。
「好きな子を虐めてはいけません、と……叱って、ください先生」
繋がった場所はまだ処女を失って痛みを訴えているはずなのに、白倉の律動に駆け上がってくる快感を一乃は諫められない。
「叱ってくださらないと……出してしまいそうです」
「だ、め……だ、中は……っ」
中に射精されればどんなことになるか、知らない一乃ではない。
白倉の腰の動きが激しくなった。この感覚には覚えがあった。
絶頂を迎える前の男の速度で突き上げられて、一乃は気さえ違ってしまいそうだ。
「どうして?結婚、してくださるんでしょう?」
「そ、…な……、ぁ…っ!」
向かい合ったまま背中を抱かれ、がくがくと激しく突き上げられて、可とも否とも、一乃は言葉にできなかった。
心は決まっていた。白倉に、逆らうことなどできる筈もない。
――八歳も年下の、生徒であるはずのこの男には、決して敵わない。
その感情はもう屈辱ではなく、いまや悦楽にさえ成って、一乃をより高みへと連れていく。
「ね、藤篠先生……っ」
「ひっ……あ、ぁ……!」

一乃は強く白倉の身体をかき抱いた。叩きつけられるように白倉の腰が当たる。ぴったりと繋がった身体の中で、白倉のものが破裂する。
そうしてどくどくと脈打ちながら身体の中に注がれてくる熱を、一乃はただ、霞む絶頂感の中で感じた。





「――相手方の手前もありますから、このままお見合いには出てください。事を荒立てても面 倒ですしね」
一乃の乱れた髪と化粧、そして着物を完璧に直した後、白倉はにっこりと微笑んだ。
着付けや化粧までできるのかこの男は、と一乃は半ば呆れるように思った後、ここから立ち去りがたくて困る。
どれくらい時間が経ったかわからない。半刻にも永遠にも思えた。
相手はもう到着しただろうか。伯母は怒っているに違いない。
「し、しかし、その、白倉……」
不安はそれだけではなかった。一乃の身体の奥には、さっき白倉が放出したものが注がれたまま残っている。
表面は拭ったものの、いつこぼれ落ちてくるか、気が気ではない。
怯えながら伺うように白倉を覗き見た一乃に、白倉は毒気のまるでない眩しい笑顔で、一乃の肩を掴んでくるりと出口へと向けさせる。
「いいからそのままで、行きなさい」
「……っ」
背後から囁くように命令を受けて、一乃は震え上がった。
一乃の肩に顎を載せるようにして、白倉の息が耳にかかる。
「その方が忘れないでしょう?御自分がもう、誰のものであるのか」
さも神の子のような顔をした悪魔の声に、ぞくりと背筋を甘く駆け上がってゆく、甘い余韻。
「さ、行って」
トン、と背中を押されて、廊下にひとり立たされた一乃は、これからの自分たちの前途への不安に一瞬振り返る。
ひらひらと手を振る笑顔の白倉のもう片方の手には、一乃がサインしたばかりの、婚姻届が握られていた。 
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