呉ノ朱

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  愛などない
  一.  

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「こんな問題もわからないで、よくこの学園に入れたものだ」
言葉面だけ聞けば、どこの気むずかしい男だと思われたことだろう。指名された男子生徒は、媚びるような卑屈な表情を浮かべている。
「だってせんせえ、オレ裏口だもーん。バカなんだよね」
彼のふざけるような口調に一乃の眉尻が数ミリ上がり、その表情にクラス中の笑い声が止んだ。
「ならば出て行け。やる気のない生徒に教えるべきことを私は知らない」
シンと静まった教室に響くように、女にしてはトーンの低い声で、険しい表情のまま言うと、踵を返した。
教卓に置いた教科書が、パン、と強い音を立てた。
「284Pの尊王攘夷論についての詳細レポートを明日、全員提出すること。できなかった生徒は成績からマイナス1評価とする」
早口でそう言うと、教室中が非難の声でざわざわと揺れた。
「以上、今日の授業は終了」
一乃は短くそう言って、チャイムを待たずに教室を出た。
後ろ手でドアを閉めた瞬間、教室内の声はいっそう大きく一乃の背中に降ってくる。忌々しく顔を歪めた。
何のために自分はここにいるのか。いつも思うことだ。


廊下をゆくと、窓が一カ所だけ開け放たれているのだろう、外気が入ってきて心地が良かった。
全館完全冷房の空調の効いたこの校舎では、こうして外の空気に触れられることはまずない。
……ああ、もう夏だ。夏が来ている。
このコンクリートの校舎の中では忘れてしまいがちなことを、思い出させてくれる外気だった。
「藤篠先生」
振り向けば、自分と同じように教室から出てきたらしい生徒会長の白倉が笑顔で立っていた。
高等部であることを示す濃いチャコールグレーのブレザーと、各学年色……最高学年であることを示す深い青で衿端に縁取りをされた白シャツ。そして同じく青のネクタイがきっちりと締められている。
それらを一分の乱れもなく身につけて、開け放した窓からの初夏の風が、彼の自然な栗色の髪をさらさらと揺らす。
色素の薄い肌と髪。常に笑みを崩さない細い目と唇が整った顔立ちを引き締めて、すらりとした身体は、長身の一乃より僅かに高い。
彼が自分の整った容姿を自覚しているのかしていないのかは知らないが、一乃にとって目を惹く存在であった。
だが一乃は、この生徒が苦手だ。
「……何か用か、白倉」
「ええ。次期生徒会選のことでご相談が」
その白倉が細い目をいっそう細めて淡く笑った。やんわりとしたその笑顔は人当たりが良く、声質と物腰は血統の優秀さを無言のまま示している。
「わかった。放課後、会長室で待っていてくれ」
「お時間をとらせてすみません」
きっちりとした角度で一礼すると、笑みのままで白倉は踵を返す。
授業を終えて廊下に増えてきた生徒たちが彼とすれ違う度、深々と礼をして挨拶をしたり、女生徒が"白百合の君"と呼び頬を赤らめたりするのを、一乃は眼鏡の奥の目を細めて見やった。



私立鷺ノ宮学園。
中学高校六学年一環教育のこの学園は、少し変わっている。
予算の分配から生徒の管理、校則に至るまで、総ての自治を生徒会並びに生徒たちに一任した小さな社会。それがこの鷺ノ宮学園だ。
学園理事の一員である父親を持ったために、ほぼ強制的に一乃がこの鷺ノ宮学園の日本史教師に赴任してから、もう一年が経とうとしている。
ましてや、この鷺ノ宮学園は一乃にとっても母校だった。
だが相変わらず、この学園を好きになることはできそうにない。
頂点に国会とも言うべき生徒会が位置し、その直属の風紀委員会はいわゆる警察。財務省代わりの予算委員会、医師や看護婦代わりの保健委員会……など、この鷺ノ宮は、選ばれた子供たちのための小さな国、そのものだった。
ここに通う生徒達の多くは要人の子息子女であり、将来実際に彼らが進むであろう道に合わせての"予行練習"のため、この学園は創立されている。
そして、現在の生徒会長である白倉は、いわばこの学園の総理……いや、王だった。それも歴代会長の中でも最も優れていると噂される程何もかもが完璧な彼――白倉邑生。
一乃が生徒会顧問となった時、既に彼は会長に当選して二年が経過していた。
四年生、つまり高校一年の若さで異例の当選を果たした彼は、教師にも生徒にも絶大な支持を誇っている。
それから一年間、授業と生徒会を通して白倉を見てきた。
――彼は、完璧すぎるのだ。
恐らく彼を苦手としているのは一乃だけで、こんな風に彼を見てしまう理由は、一乃自身のコンプレックスに起因していることもわかっていた。

ふと廊下の窓の外を見やれば、眼下のグラウンドには教師とほとんど変わりなく見える六年生らしき生徒の姿や、まだランドセルの方が似合うに違いない新入生の姿が混ざって見える。
藤篠先生こんにちは、と会釈してはスカートを翻しすれ違ってゆく女子生徒たちも皆、一乃には極彩 色に眩しい。
窓ガラスには、地味な女が映し出されていた。
染めてもいない黒い、肩甲骨のあたりまで伸ばしたままの髪は、朝クシを通して後ろでひとつにまとめるだけだ。
着る服はたいがい無彩色で、ブラウスかカッターシャツ。またはVネックセーター。ボトムは膝下のタイトスカートやパンツ。それをまるで制服のようにして着る。何着も持っている。
そばかすの浮いた顔をノンフレームの眼鏡で隠すようにかけている。実際はさほど目は悪くはない。
この年で化粧をまったく施さずに人前に出ることは失礼にあたるため、申し訳程度のファウンデーションと口紅はひく。
……謙遜するわけではなく、私は美しくはない、と一乃は思う。
だが それでも構わないと思っていた。
私は美しくはない。それを幼い頃からずっと自覚すればこそ、卑下もまたしていない。
そのぶん、あらゆることで自分を律してきた。勉強でも生活面においても、自分はおそらく他の同世代の同性よりも苦労を強いられるだろうとわかっていたからだ。父親が望んだように、男にも生まれることもできなかった。ならばせめて優秀でありたかった。
人は美しいものが好きだ。だが私は美しくはない。それはもう仕方のないことだ。
白倉が苦手な理由はわかっていた。
――彼は、鮮やかすぎる。



「忙しいんだ、簡潔に頼む」
放課後の生徒会長室には、めずらしく白倉と一乃の二人きりしかいなかった。そのことが、一乃を落ち着かなくさせた。
腕組みをしたままで会長席に座る白倉に目をやると、ちらりと白倉が一乃を見上げた。視線が絡んで、慌てて一乃は目を逸らす。
「……そこまで嫌われてしまうと、さすがに僕も傷つきます」
白倉の言葉に、一乃はハッとして彼を見た。
あまりにも露骨に態度に表しすぎたのだろうか、机を隔てて向こうの白倉は傷ついたような瞳をして、それでも微笑みを絶やすことはなかった。
「すまない、そんなつもりは……」
「僕がそんなに鈍感だとお思いですか?」
くすりと声を立てて微笑んで白倉は立ち上がると、机の上の書類の中から茶封筒を手にとって一乃の隣へと来た。
息が触れるほどに、近くに。
「これが、次期生徒会選の資料です。御覧ください。僕としては5年の黒崎くんが最有力だと考えていますが」
茶封筒を手渡す時、撫でるように白倉の手が一乃の指に触れたように思えたのは錯覚だったろうか。
そのまま自分を通り過ぎて入り口の方へと向かった白倉を意識しつつも、一乃は茶封筒の中に手を差し入れた。
そうして取り出した数枚の紙に、眼鏡の向こう側の瞳を大きく見開く。
「――いかがですか、藤篠先生?」
微かに嘲りの笑い声を含んだ白倉の声は、いつものそれよりも低く、囁くように甘く響いた。
一乃の手から封筒が滑り落ち、パソコンから出力されたらしいその紙だけが残される。
指はわなわなと震えていた。
そこには、女子教職員用トイレで自慰に耽る一乃の姿が映し出されていたからだ。
「な、ぜ……これを……」
ようやく発した声は震えていた。喉が乾いて貼り付いて、うまく言葉にできない。
ビデオ画面のキャプチャをプリントアウトしたものだろうか、画質は悪かったがはっきりとその女が一乃であることはわかった。
ブラウスの前をはだけさせて、ベージュのブラジャーからこぼれ落ちそうなバストが露わになっている。
黒のタイトミニスカートを捲し上げたその間に腕を差し込み、下着の中で指動かしている、自分の痴態。
「合成ではないことは、先生が一番良くおわかりですよね」
いつの間にか背後に立っていた白倉が、そっと一乃の手の中からプリント用紙を抜き取って、会長席へと戻っていった。
椅子には座らずに、机に寄りかかるようにして後ろ手をつく。
「最近、風紀委員から校内で性行為を行っている生徒がいるとの報告を受けましてね、僕としては不本意だったのですが……試験的に監視カメラを」
「教職員用トイレには不要だろうが!」
僅かに眉根を寄せ、困ったような顔をしてプリント用紙の隙間からちらりと一乃を見上げた白倉に、一乃は怒鳴り声をあげた。
これではまるで盗撮だ。
「そう思われるところが盲点なんですよ、あの場所は」
白倉は叩きつけるように机の上にプリントを落とし、けれどにっこりとした笑顔で一乃を見ている。
「設置したのは昨日一日のみ、チェックしたのは僕一人です。ご安心下さい、今日にはもう撤去しました」
弁解するように両手を上げて、立ち上がる。
一乃は動くことができなかった。怒りか、羞恥からかはわからない。握りしめた拳がぶるぶると震えている。
「……まさかこんなものが映るとは、思ってもみなかったのですから」
一乃の肩に白倉の手がそっと触れる。そうして耳元で囁くように彼は言った。
これは、自分が見知ってきた白倉だろうか。
愕然とした思いで、一乃は隣に立った白倉を見る。
勉学に優れ思慮深く心根優しいと誰もが口を揃えて言う、白百合の君は、もうここにはいない。
「何が、目的だ」
できる限り冷静な声を作って、一乃は言葉にした。
だが内心は怯えていた。物腰や声は柔らかなものであるのに、極限まで押し殺している冷徹さを白倉からいつも、そしていまも感じていた。
「さすが、藤篠先生。察しが宜しくて、助かります」
白倉は婉然と微笑い、緩やかな歩みで会長席へと座る。
いつも笑みの形に細められている目を珍しく見開き、黒い革張りの椅子にゆったりと腰掛けて足を組んだ彼は、若き王、そのもの。
「率直に申し上げます。――先生、僕とおつきあいしていただきたい」
「な……っ!」
すう、と目を細めて微笑った白倉に、一乃は思わず声をあげた。
だが白倉は表情を変えることなく、一乃を見据えて笑う。美しい。
「あなたを愛している、ということです」
「か、からかうのも大概にしろ!」
叱咤しながらも、顔はみるみる紅潮していった。無理もなかった。
26年生きてきて、男から告白を受けたのは初めてだったのだ。
しかも、こんな年若い……美しい男、から。
「僕はね、ずっとあなたに恋い焦がれていたんですよ。ご存じなかったんですか?」
白倉は切なそうな顔をしてみせて、手元の書類を纏め始めた。
「知るわけがないだろう!それが本当なら、その相手にこんな、こんな……っ!」
一乃は重厚な作りの会長机を一度叩く。その振動で書類が舞った。
机の上に乗ったままの自分の淫蕩な、盗撮写真。
それをトントンと爪で叩くようにして、白倉が一乃をちろりと見上げた。表情は読めない。
「真実、先生を愛しているからこそ、こうして正直にご忠告、差し上げている」
「ふざけるな!」
もう一度机を叩いた。怒りと、信用できないとはいえ愛の告白を受けたことで頭が火照って、頭痛まで引き起こしそうだ。
白倉は心底弱ったという溜息をついて、立ち上がった。
「困るでしょう、校内でこんなことをしていると他の人間に知られたら」
プリント用紙をひらひらと、見せつけるように一乃の目の前へと差し出す。だがそれを奪おうと一乃が手を伸ばしても、素早い動きでかわされ、一乃の屈辱感は煽られた。
「脅迫、する気か」
「脅迫?……心外ですね。先生は随分と僕のことを誤解されているようだ」
押し殺した声で問うた一乃に、白倉はくつくつと笑った。
陰湿な笑い声だ、と一乃は思う。
「学園内の規律を守るため、会長の僕としては処分をくださなければなりません。それでも愛する先生を晒し者にするのは忍びない、と申し上げているのです」
この生徒は、本当に頭が良い。恐らく、自分よりも遙かに。
一乃は握りしめた拳を落とし、息を吐き出した。
「馬鹿馬鹿しい」
口に出してみれば、荒立っていた感情がすうと引いていく。
「私が屈するとでも思ったか?誹謗したければするがいい。……好きにしろ」
踵を返して、会長室の入り口へと向かう。もう白倉を見なかった。
彼は告発するだろうか。もうこの生徒が真実はどのような性格なのか、何を考えているのか、一乃には理解できない。
だが、自分は教師だ。生徒の脅しに負けるわけにはいかなかった。
「やはり――それでこそあなただ」
婉然と笑った白倉が、手の中のプリント用紙をビリビリと破る。
紙吹雪が生徒会長室の赤い絨毯に雪のように降ったのを、振り返った一乃は見た。見たはずだった。
だが次の瞬間には、一乃は白倉の腕の中にいた。
「……!!」
「教えてください、先生。どんなことを思い巡らせながらこれをしたんですか?」
背後から突然抱きすくめられて、一乃は全身を硬直させる。
黒いVネックのセーター越しに、白倉の体温が伝わってくるのがわかる。
漂ってくるのは、男の体臭と、微かな香水の香り。百合だろうか。
「や、めろ!」
「生徒の質問です。さ、答えてください」
耳元で甘く、諭すように白倉が言う。
藻掻いてみても、硬直した身体は力を無くして白倉の腕を解くことなどできない。
鼓動が耳鳴りを呼ぶほどに早い。顔が熱い。眼鏡の奥の瞳には涙さえ滲みそうだ。
「ひっ、人を呼ぶ!」
「どうぞ?先生と僕のどちらの信が厚いか、ご理解いただく良い機会にもなります」
一乃の裏返った声に、くすりと白倉が笑って、息がかかる。
ぞくぞくという性感が、そこにはあった。
白倉は背後から片腕で押さえ込むように一乃の両手を固定し、もう片方をセーターの裾から侵入させてくる。
「ひっ、あ……!」
滑らかな感触が肌を這って、ブラジャーの上から突然乳房をもみしだかれた。
「豊かな乳房なのに、こんなに窮屈に締め上げて……勿体ない」
白倉の腕がそのままブラジャーを強く下に引く。と、サイズの合わないもので誤魔化していた一乃の大きなバストが、Vネックの襟元から谷間を覗かせるほどに露わになった。
「ここを摘んで、必死に声を噛み殺しておられた先生は、愛らしかったですよ」
「あ、ぅっ!」
裾から手を引き抜いた白倉の指が、セーター越しに屹立している一乃の乳首を摘む。
自分で触れた時とは違う、電流のような衝撃が一乃の身体を走った。
「先生ともあろう方が、どうしてこんなことを、よりによって学園内で……?」
「そ、れは」
白倉の声は優しかった。一乃は思わず自分の感情を吐露してしまいそうになって、それを抑え込む。
26年、恋をしたことはなかった。男に抱かれたこともない。
それでも自分の身体はどうしようもなく女であり……人恋しくなることもある。
抱きすくめられたままで、白倉の指がタイトスカートを捲し上げる。
濃いオークルのパンティストッキングの上を、つう、と爪が滑って性感を与えた。
「何をイメージされましたか?こうして……男に指でまさぐられることですか?」
「あ、ぁ……っ」
カリカリと爪を立てて、ストッキングと下着の上から白倉の指が恥丘の上を踊る。
自分で触れていた時とは全く違う、男の指が与える快楽に、もう一乃はあらがえなかった。
「それともこの中を……」
「ひぃ!!」
ストッキングと下着の中に、白倉の手が侵入する。
陰毛を越えて、隠されていたクリトリスを白倉はきゅうと摘んだ。
痛いほどの、強い快感がぞくぞくと一乃を突き上げて、一乃はもう立っていられなかった。
「こんな風に掻き乱されることでしょうか……?」
「や、め……て……」
力を無くした一乃の身体を、背後からしっかりと白倉は支えながら、指をこまめに振動させる。
と、中指の先端に粘液が誘うように触れて、導かれるままにスリットへと指を運ぶ。
ぬるぬるとしたゼリー状の愛液が、白倉の指に絡んだ。
「濡れていますね」
くすりと笑い声を含めた白倉は、指を下着の間から取り出すと、見せつけるようにして一乃の目の前へと持ってくる。
開いた指の間に愛液が糸をひいて、一乃の顔をこのうえなく紅潮させた。
「もっと淫猥なことを御想像されていたんでしょう?男のモノをくわえ込む御自分の、姿態とか」
「い、いい加減にしろ!」
濡れた指を口に運ぼうとした白倉の腕を叩き落として、一乃は叫んだ。
白倉から離れて、乱れたスカートとセーターを素早く直す。
「処分は甘んじて受ける。こんなことをされるくらいなら懲戒免職の方がずっとましだ!」
「そうでしょうとも」
羞恥と快楽にまだ顔を赤くさせたままの一乃に、白倉は至って冷静に頷く。
彼の反応が、一乃にはわからなかった。
白倉は顔を上げて、僅かに眉根に皺を作る。
切なげな表情が、窓からの逆光に伴って一乃を射抜いた。
「ではお訊きします。先生、僕を男として愛してくださいますか?」
白倉にしては低い、声だった。
さっきまでの彼とは別人のように真摯な瞳で、微かにも笑わずに一乃を見つめている。
その視線に戸惑った。笑顔の彼しか、一乃は見たことがなかったからだ。
「……おまえは、生徒だろうが……」
一乃の結論は決まっていた。他にどう答えることができるだろう。
生徒を恋愛対象として意識したことなどまるでない。突然そんなことを告げられても、他の言葉を一乃は持たなかった。
白倉はその答えを予測していたように、目を一度閉じて、口元をまた、微笑ませた。
「そうですね。生徒です。そして……あなたは僕の先生だ」
くすりと笑う。まるで自嘲しているようだ。
「じゃあ僕はどうすればいいんでしょうね。何度も言ったでしょう。あなたが好きなんだ」
熱を得た、縋りつくような声は掠れて切なく胸を打つ。
初めて白倉の人間らしい一面を見たように思えて、一乃は愕然と立ちすくむ。
「世の男が生徒でないというだけで有しているあなたに愛される権利を、僕はたった二文字のカテゴライズで手放さなければならない。不公平とは思われませんか」
白倉の理論は確かに正しく思えた。
それでも、一乃は教師なのだ。この学園は生徒と教師の恋愛を禁じているわけではないが、大っぴらに認めているわけでもない。
いくら生徒主体の自治校風とはいえ、一乃の中の倫理観がそれを許さなかった。
白倉は一乃の強ばったままの表情に、総てを悟ったように小さく首を振ると、長めの栗色の前髪をかきあげる。
「僕はね、あなたを抱くことだけが目標ではないんです。あなたに愛されなければ意味がない。……そのきっかけが、快楽からだとしても一向に構わないと思っています」
唇は笑みを作ってはいても、表情を無くした白倉の瞳が、一乃の身体を舐めるように見ていく。
「え……!?あっ!!」
一乃の足がぴくりと動いた。身体の中で、突然疼き出した場所がある。
その刺激に耐えきれず、一乃は絨毯に膝をついた。
「なにを……したんだ……」
「大丈夫、安全な薬ですよ」
膝が赤い毛足の長いそれに沈む。太腿は痙攣して、身体を起こすことができない。
その奥で、疼きはより激しさを増して、性感に変わっていく。
「あっ!!あ……」
膝を折って一乃の前へと来た白倉が、スッと手を滑り込ませて、下着に触れた。そこはもうぐっしょりと湿って、鳥肌が立つほどの快感が一乃を襲う。
「ああ……いい感度だ」
白倉の指が触れた場所が感電したように、一乃は思わず叫び声をあげた。
「あぁっ!」
「敏感になっているのがわかりますね?……中は、もっと凄いですよ。試してみますか」
指の腹で下着にぷっくりと浮き上がったクリトリスを白倉は押す。
その刺激だけで、一乃は視界がぼうっと白んだ。
「ひ……ああっ! あっ!」
「どうです?もっと触ってほしいでしょう?」
白倉の言うとおりだった。さっきまでの彼に対しての怒りや嫌悪、恐怖の総てが、いつしか一乃の中から薄くなっている。これも薬のせいだろうか。
だが白倉はじらすように、すっと手をどかした。
「御存じですか?恋は脳の錯覚なのだそうです」
そう言って、しゅるっと自分のネクタイを外すと、一乃を目隠しにして髪の後ろで縛る。視界を奪われたにも拘わらず、一乃は恐怖をぼうっとした頭の中で霞ませていた。
「あなたの身体が快感を覚える。と、それが扁桃体から視床下部に伝わる。 そこにあるA-10と呼ばれる神経の細胞が、ドーパミンを受け止めて興奮する。――-- その興奮こそが、恋」
白倉の冷たい指が、一乃の太腿をゆっくりと撫でた。
床に膝をつき、向かい合っているであろう白倉がきっと一乃を見ている。
そう思うとたまらない。
「はっ……あっ……」
「つまり、僕がこうしてあなたに快楽を与えることで、あなたは僕に恋をする」
ゆっくりと平淡な声で囁きながら、白倉は決して一乃の秘所には触れずに、その周囲を執拗になで続ける。
「はぁ……はぁ……あ」
「触ってほしいですか?ここ」
白倉が一乃のストッキングごと、ショーツを掴んで上に引き上げた。布でクリトリスと花唇が擦られ、じらされた一乃の快楽の火が炎に変わる。
「あぅっ!! んっ!ああぁ!」
ただ布でおさえられただけなのに、今まで感じたこともないこの快感は何だろう。
「凄い濡れ方ですね。もっと触って、いじってほしいって言っていますよ、先生」
「う、嘘だ……」
否定する声は震えている。嘘をついた。本当は触ってほしい。もっと気持ちよくなりたい。身体がより強い感覚を求めている。
それでも一乃の中のいままで築き上げてきた自分は折れずに抵抗していた。
「嘘じゃないですよ……ほら」
「ひっ……ひ、ああああぁっ!!」
一気に白倉が指を一乃の秘所に差し入れた。一乃の膣内は、熱く充血して白倉の指をすんなりと迎い入れる。
白倉の指が挿入された瞬間、一乃の身体を突き抜けてゆく至上の快楽。
頭の奥が痺れるように甘くて、絶頂感がこみあげる。
突然、視界が明るくなった。ネクタイの目隠しが外され、それが一乃の両手首をいとも容易く固定する。
「み、るな……!」
鼻頭が触れるほどのすぐ目の前に、白倉の顔がある。
陽に透ける前髪の隙間から、見開かれた細い目がじっと一乃を見据えている。そのことが羞恥を煽って、一乃は唇を噛みしめた。
白倉の目がうっとりと細められる。一乃の中で、指がくっと曲げられるのがわかる。
指腹が膣壁を擦るようにして、微細に動かされた。
「そ、そこ、だめ、やめ、ろ」
「どうして、駄目なんですか?」
仰け反るほどの強い快楽が、白倉の指から与えられて、床に沈み込みたくともネクタイで結ばれた手首を白倉に押さえ込まれて動けない。
むず痒いような、何かが込み上げるような奇妙な感覚が迫り上がってくるのがわかった。尿意だ。
「お……っ……が……っ」
「へえ?おしっこが?」
普段の一乃であれば、また白倉であっても決して口にすることのないような単語が二人の唇から漏れる。
指がいっそう激しく一乃をかき乱して、もう我慢できない。
「――出してしまいなさい、先生」
先生。耳を舐られ耳朶を噛まれ、そう呼ばれてぞくぞくと背徳感が突き上げる。
ぐっと強く、一度白倉の指が奥まで押し込まれた。
「駄目……だめ……っ!!」
堪えることはできなかった。
絶頂を迎えると共に飛沫が、太腿に、絨毯に飛び散る。
「う、あ……ぁっ!」
太腿ががくがくと戦慄いて、一乃の身体は白倉の胸に抱きかかえられた。
額に白倉の唇があてられたように思えたが、一乃の絶頂の余韻に白んだ頭ではいま自分がどんな状況かさえわからない。
潮のように引いていく快楽の後に訪れたのは、自分がしてしまったことに対する羞恥。
一乃は顔をあげることができなかった。
生徒に、よりによって白倉に、自分が絶頂し、放尿する姿を見られた。
抱きすくめられ、まだ固定されたままの手で白倉のシャツを握りしめる。
と、白倉の身体がすっと離れて、一乃の胸元を押した。
「っ……!」
後ろ向きのままでバランスを崩し、背中をつけたブリッジのような格好で一乃は絨毯に倒れる。
白倉は、冷静な顔で一乃を睥睨していた。
その視線はまるで、殿上から国民を見下ろす、統べる王のもの。
その王が一乃の足首を掴んで引き上げる。
「な、なにを……」
身体は床に倒れたまま、片足首を持ち上げられる姿勢で、白倉が一乃の股ぐらに来た。
一度めずらしく笑ってはいない冷たい目がじっと一乃を捕らえてから、膝を折り、口元を一乃のまだ濡れている茂みに埋める。
「そんな、き、汚い……やめ……っ!」
舌が一乃の秘所を這った。絶頂の余韻でまだ敏感になっているそこは、快感でもくすぐったくもあり、そして何より、汚辱を思って一乃は震える。
「汚い?どうして?あなたの身体が僕の指に応えた結果です」
笑みに細められた目は一乃を見たままで、舌が拭うように一乃の蕾を、蜜壷を舐め取ってゆく。
逸らしてしまいたいのに、できなかった。
視線を絡ませたままで、じっと白倉がすることに耐える。
ぴちゃぴちゃという音だけが静かな生徒会長室に響いているようで、恥辱に気が狂ってしまいそうだった。
「――許してください。非道いことをするつもりはありませんでした」
掴まれたままだった足首をそっと降ろし、白倉が一乃の身体を起こす。手首を締め上げていたネクタイを解いて、立たせた。
一乃は震えたまま、言葉を発することができない。
白倉はさっきまでの強引さが嘘のように丁寧な紳士の手つきで一乃のスカートを、セーターを、乱れた髪を直してかかる。
「僕もただの高校生の、男です。好きな女性の初めて見る姿に興奮して……つい、こんなことを」
すっと白いハンカチが差し出された。
白倉は後悔の色を濃く瞳に揺らして、縋るようにして一乃を見ている。だがもう、彼を信用することは一乃にはできない。
「許してください」
一乃は答えることができなかった。手を振り上げる。それを白倉の頬へ向けようとして……思いとどまった。
そのまま、差し出された白いハンカチを叩き落として、白倉の横を擦り抜ける。破れてしまったに違いない、濡れたストッキングが擦れて気持ちが悪かった。
振り返らずともわかっていた。
白倉の視線が、ただじっと、部屋を出ていく自分の背に注がれているであろうことは。
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